2019/08/09

惰性を断つ。お酒を辞めて、1年ほど経った。

生きていると、惰性でなんとなく・・・となっている習慣や癖ってありますよね。これを辞めてみると、意外と問題もなく、自分に自信がつくというか、コントロール可能だということに喜びに感じます。僕の場合は、お酒です。

何か合った場合や、取材などで味見をする必要があるときは飲みますが、基本的に、アルコールを飲むのを辞めました。僕の場合、もともと毎日飲んでいたわけでもないのですが、飲みの場に行くと、惰性でアルコールを選んでいました。


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source https://note.mu/atobeck/n/nf89713f96d54

2019/07/26

プライド・パレードに見る「理想を体験してもらう」社会運動のデザイン

参議院選挙終わりましたね。公職選挙法があるので、どうしても決まったことしかできないのはわかるのですが、本来自分たちの主張を伝えて共感してもらうための工夫やデザインをしないとマズイのでは?という問題意識が生まれました。

一方で、プライド・パレードに遭遇すると自分たちの理想を体験してもらい、参加者だけでなく遭遇した人も共感してもらえるデザインが良くできていると、感心します。これからの時代は、デモなどでも、自分たちのメッセージを伝えるのにちゃんと体験的なデザインを取り入れていくのがスタンダードになっていくのかもしれません。


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source https://note.mu/atobeck/n/n6fa1894bb2da

2019/07/19

身体で理解した言葉の強度。

海外出張から帰ってきたからかもしれないし、帰国したら選挙期間だったからかもしれない。「身体で理解することの強度」というテーマを強く意識するようになった。「頭で理解して、口で話している」人が多いと感じるからだろう。簡単にいうと「薄っぺらい」言葉が溢れすぎているという感覚だ。

糸井重里さんと秀島史香さんの対談で出てくる、「FMしゃべり」というのは、まさに頭で話した薄っぺらい言葉のことを指摘しています。


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source https://note.mu/atobeck/n/n7740baddc498

2019/07/05

日本で育った自分たちの持つ無意識の文脈

来週から、また海外出張です。定期的に海外という異なる文脈の場所に行くことで、否が応でも自分が普段いる日本の特殊な文脈を意識させられます。

海外でふと「どうしてこうなっているんだろう?」「どうしてこうも異なるのだろう?」という疑問から、日本で育った自分たちの持つ無意識の文脈を意識してしまうのです。


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source https://note.mu/atobeck/n/n4f10e96081c1