2006/12/30

フランキーワイルドの素晴らしき世界

今日も内省的な一日。
なんだか、渋谷まで写真を撮りながらぶらつき
映画「フランキー・ワイルドの素晴らしき世界」を見た。

もともと海外で公開されて時間が経っている作品で
観客も半分ぐらい入っている感じでした。
JBLのスピーカーが追加され、爆音で楽しめる環境で
聴覚障害になったDJの話を見るのはなかなかよかった。

で、翻って。
能力って何だろう。
才能って幻想なんだろうか?
映画の中のフランキーは音楽という才能を
聴覚を失っても体や視覚で再現する方法を得た。
それって、才能があったから?
もともと才能なんて存在しないのかも。
ただ単に、熱中できるものがあって
それに集中できる環境があることが
才能と思われることなんじゃないかな。
いや、その環境を見つけることかもね。

俺も見つけよう。

2006/12/29

鉄コン筋クリートを見てから考えてること。













先日、映画「鉄コン筋クリート」を見てから、
なんだか自分を見つめなおすことが多くなった。

自分の中の闇について考える。
誰でもそんな部分を外に出さずに生きているのだろうけど。
外の世界でさらしている自分と内側にある人には見せない闇。
このギャップが一度気になってしまうと頭から離れなくなる。
そして何か自分がとても悪いことをしているような
罪悪感が体につきまとう。

無邪気に楽しんでいるときにも、
ふと第三者の目線で自分を見てしまう。

なんだか答えは出ていませんが、
ここには深い人間考察が必要そうです。

2006/12/25

サンタ&トナカイの格好をしたバイク集団

クリスマス気分ですね。世の中は。
今年は、サンタ&トナカイの格好をしてバイクで表参道や
渋谷、青山を走る集団が目立っていましたね。

歩いている人に、手を振ったり
なんだかとてもハッピーな雰囲気を醸し出していました。
これがクリスマスマジックでしょうか?
日本人にだって、こういう心を開いたコミュニケーションができるんだ。

いつもに比べて暖かいクリスマス。
世の中が、もっともっとハッピーになりますように。

2006/12/17

高城剛blogでの感動的なコメント

なんだか、とても心に響きました。
昔から思っていますが、僕は高城さんみたいになりたい。


今年、長年の友人が、DJを辞めた。
そういえば、この夏、サッカーをやめた友人もいる。
そして、そういうヤツほど、みんな元気だ。
現在の肩書きも行動も不明なヤツばかり。
居場所さえ、定かではない。

みんな次に行きたいんだと思う。
そのために、自分の人生の中で大きかったものを辞め、
身軽になって、次を目指す。
だから、あちこちと旅をする。

別にやめなくてもいいのに。
なんで、やめるの?
こっそりやろうよ。
と、自分のことは適当だとは夢にも思ってもいない適当な人々は言う。
人生の大部分を担ってきたこととの決別を、なぜキチンと認めないのか。
同じことをし続けることほど、現代社会において保守的なことはない。

まだ、十年前と同じことをしていないか、
僕も自分を振り返る。
いや、去年と同じことをしていないか、
自分を振り返る。

この先に出会うことや起こることはわからないけど、
いま、なにかをやめることは、誰にでもできるはず。

自分に出来ることをしよう!とは、
実は、なにかをやめることに他ならないのだ。

と、砂漠の街で考える。

もっと身軽になろう。
もっと素早くなろう。
明日は、師走の東京だ。

2006/12/11

糸井重里「幸福観が選ばれる時代」

ひさしぶりに、昔読んだ
「ほぼ日刊イトイ新聞の本」の文庫本を
読み直してみた。

ものすごくインスピレーションにあふれた本だった。
ぜひ、ペンをもって読むことをオススメします。
この本1万円ぐらいの価値あります。
ひさびさに読んだら多くの発見がありました。

その中の響いた言葉
あらゆる不幸は、全力を尽くせないという悲しみにある


幸福=夢中
夢中=それに向かって全力を尽くせていること
っていう流れですね。

2006/12/09

Bose QuietComfort 3を購入しました。



仕事のストレスもありますが、
集中して思考のできる環境がほしくて、
5万円近くも出費してしまいました。

Bose QuietComfortですが、
その前からほしかったのですが、
2はどうしても大きくて購入するのに
ためらっていました。

それが3が発売され、価格は上がりましたが
コンパクトになったので購入に踏み切りました。
キャリングケースがついてくることで
なおさら、ほしくなるのですよね。不思議だ。



以前から思っていることですが
利用シーンを変える商品。
ライフスタイルを変える商品には、
頭の中で使っている自分をイメージすれば
欲しくなって買ってしまう時代です。
それだけ、ありきたりのものでは
消費欲がでない時代なのでしょう。

qualia journal

qualia journal

2006/12/06

本日、大きな決断がありました。

こちらは、会社での話です。
本日、大きな戦略の決断がありました。

間違っていたら、それを認め、
また素早く決断することが大事。
でも、決めないで時間がすぎるよりも
とにかく決断することは重要だと思っています。

そんなとても当たり前のことを
冷静に考えてしまいました。

この決断って、個人的には
どちらを選んでも茨の道だということは理解しているのに。

ますます、会社の仕事もがんばりながら
個人として、自分の仕事を創っていかねばと覚悟してます。

2006/12/04

次に向かって覚悟を決める。

なんだか、そろそろ潮目が変わってきている。
次に向かって覚悟をもって進むべきでしょう。


「転機を迎えるにあたっては、何かを得るよりも
 何かを捨てるということのほうが重要」


これです。
岡本太郎さんも「人生はつみ減らすべき」おっしゃっていました。

さあ、自分の中で次へ向かって
着々とまずは一歩を踏み出していくことにします。

人生の第二の誕生日ってやつに興味もありますし。

2006/11/26

新日曜美術館 大竹伸朗×茂木健一郎

を見逃してしまいました。

てっきり、録画予約してると思っていたのに。
YOUTUBEで検索してもないし。。。

新日曜美術館は朝と夜の再放送と二回あるのですが、
両方とも見逃しました。

楽しみにしてたのに。
とにかくショック。

もしかして、ロンドンか?

金曜日の深夜。会議の途中で急に悪寒が走る。
間違いなく、熱があがってきている。風邪です。

おかげで、土曜日日曜日と寝込みました。
体を気をつけないと仕事どころじゃないですね。

寝込んでいるおかげで
いままで溜まっていた聞かなきゃいけない音声ファイルなどを
流しっぱなしにしていました。
途中、うとうとしてしまうのですが。

その中で、急に自分はロンドン出身だという
根拠のない自信がでてきました。
そして、だから英語もわかるのだという。
こういう感覚ってなんなのでしょう?

やはり、熱にやられると
こういうことが起こるのでしょうか?
小さい頃は、よく天井の模様が崩れ落ちるような
流れ始めるような気持ち悪い感じがしたのですが。

2006/11/24

勤労感謝の日に思う。一歩踏み出すこと。

寒い一日でした。夜にはすっかり雨に打たれました。

勤労感謝の日。
会社で働き、それから美容院に。
雨に濡れながら家に帰り、
プロフェッショナルの特別編「トーク」スペシャルを見る。

印象的な言葉がたくさん詰まっていました。
一番は、スガシカオの「一歩踏み出す」というメッセージ。
そうだね。たしかに焦る僕らは、つい、
「十歩進んだ」人たちを見てうらやんでキリキリする。
そうじゃなくて、まず一歩踏み出す。いい言葉だ。

茂木健一郎さんの「やわらか 脳」を
電車の中と、美容室とお風呂の中で読み終えた。
なんだか、ひっかかる。
そうか。もっともっと世の中にぶつかっていこう。
アイデアは世の中を明るくするはずだから。

2006/11/18

「賢い」ことは「悪」と考えたら?











最近、思っていることです。
「賢い」=バランスをとった
常識的な生き方というように感じています。

そこで、「賢い」ことっていいことなんでしょうか?
「賢い」=悪という教育がなされたら
みんな自分の心の動きのままに、
バランスを取る必要もなく、自分を表現できるのでは?

賢い社会ってなんだか嫌な感じがする。
少なくとも、僕は、賢くない社会に住みたい。

ちょっと、感情的を外にだして
気持ちの赴くままに自分を表現していく
コツコツとした人生を送ってみたい。

ということを大竹伸朗の全景展を見て
感じたのだった。思い出したので、書いておきます。

パン屋のおばあちゃんのこだわりに、人生の真意がある?

家の近くにある、おばあちゃんが自分で焼いている
パン屋さんがある。ここかなりうまい。

今日も、買う時に
「メロンパン」と「あんぱん」では
生地がどう異なることを説明してもらった。

自分が一生懸命工夫して作ったものを
自分で説明しながら、お客さんとコミュニケーションを
とって販売する。
また、その感想が聴ける。

このおばあちゃんにとって
仕事とは、まさに自分の楽しみなんだろうなぁ。

こういう仕事の仕方ができるようになるこが
人生の真意ではないかと思う今日この頃です。

2006/11/16

blogは、ホームポジション。

いろんなところで、
いろんな発言をしなきゃいけない立場としては
blogってとても安心する表現場所だと思います。

なんだろう。この感じ。
ホームポジションというか、自分の考えを
フラットにメモしておける場所ですね。

こういう場所を残しておかないと
人間、窮屈になってしまうのでしょうね。
ああ、なんだか何か砦みたいなものでしょうか?

こういう場所をちゃんと残しておきたいなぁ。

2006/11/13

「65点男」と言い切ってしまう強さ。

TV東京のカンブリア宮殿ゲストは、
サマンサダバサの社長寺田さんだった。
そのなかで、自分のことを「65点男」と言い切っていました。
もっとも印象的な表現でした。

否定的に言うわけではなく、「65点男」と言い切る。

さあ、明日から自分のことを「65点男」と表現したら
100点を目指さず、リラックスしながら、
肩に力が入っていない自然体の生き方ができるかもしれない。

今の時代。気負う感じが気持ち悪い。
だからこそ、65点ぐらいがちょうどいいのかもしれない。

2006/11/12

「アート」が集客力があるのはなぜか?

ここのところ、美術館巡りを立て続けにやってました。
青森県立美術館。奈良美智のAtoZ展。
オペラシティでやっている伊東豊雄の建築「新しいリアル」。
東京都現代美術館でやっている大竹伸朗の全景展。

どこにいっても、それなりに集客があります。
数年前には、こんなことがなかったように思えます。
そこで、訪れている人を分類分けしてみました。

■インテリとしてのアート
高所得層が文化意識、インテリな生活・知識へ
興味を向けているようです。
ペンなどのデザイン誌で取り上げている影響も強いです。
輸入車や時計などと同じで、語る記号としてのアートです。
また、美術館での時間やシーンがもたらす非日常感も大事です。

■美大生のロールモデル探し、勉強としてのアート
自分を投影したり、自分のレベルとの比較。
学校ではまったく手に入らない、
ロールモデル探しでもあるようです。
アーティストの若い時代の作品のほうに
強く興味をもっているのも特徴的。
アーティストの孤独感や叫びを一番共感できる層かもしれません。

■デートとしてのアート
自分を良く見せるための記号であり、
はずさないという安心感もあるのでしょう。
文化に対する関心をアピールでき、
会話のきっかけも作れ、同じ時間、同じ体験を共有できる。

とこの3タイプが主流のようです。
個人的には、アートを見に行くことで
結局、自分に向き合うことができるのがいいと思うのですが。
どうでしょう?

2006/11/05

孤独時間を埋めるためのメディア

TVの特殊性について、最近考えていました。
そんなに高尚なことじゃないんだけど。

リモコンでスイッチを入れれば、
あちらから番組を流してくれる。
テキトーに間を埋めてくれる。

ケータイは暇な細切れ時間を埋める力を持っているけど、
テレビはどうしようもなく、寂しい時間を結構ロングに
埋める力を持っている。無駄な時間を無駄と考えさせずに。

すごいことだよなぁ。
こんなメディア。ほかにないからね。
ここまで、受動的な人にぴったりなメディアって。

世の中のメディアや技術が
積極的な人向けにどんどん進歩している中、
取り残されている人を取り込めるかは、
ここにヒントがある気がしています。

そうそう。世の中の人気ランキングは
時間のある暇な人たちが作っているという話があります。
映画ランキング、CDランキングとかとか。
そして、そのランキングを見て忙しい人たちが
自分の消費選択の決定の参考にしている。
つまり、結局世の中のマスを動かしているのは、
この受動的で、時間の余っているマジョリティです。
って、考えるとぐるっとまわって、テレビってすごいな。
やっぱり。

2006/11/04

公衆電話のリデザインを頼まれたら?

ときどき、やるのですが。ちょっと変ですけど。

突然、政府か何かから、公共施設などの見直しアイデアを
聞かれたらどうする?って自分に問いかけることがあります。

たとえば、「公衆電話」。
すでにほとんど使われていないものですが
これを社会をハッピーにするために
考えてくれ、って頼まれたら。。。

・誰でも、10分間だけ一人になれる空間として提供する
・占いスペースなど、小スペース商業スペースとして提供する
・ボックスごとにテーマ制をもった小図書館として提供する
・フリーペーパーボックスとして、貸し出す
・音楽をダウンロードできるジュークボックス
・300円で利用できる酸素ボックス
・自転車通勤者にうれしいシャワールーム
・ノートブックやケータイの充電スペース
・もっとも省スペースのコンビニエンスストア
・「やさしい場所」という悪意からの避難地帯
・地域のアイデア、ボランティア提供掲示ボックス

と、次々とこんなことをいつも考えています。

2006/11/02

「ワークライフバランス」が支持される社会

最近、あちこちで「ワークライフバランス」って言葉を耳にしますね。

仕事と家庭のバランスとか
心の余裕を求める、今にはまって支持されるコンセプトだと思います。

でも、人によるのかもしれませんが
僕の場合は、タイトルにあるとおりで
「孤独に考える」と「チームで成し遂げる喜び」のバランスのようです。

一人で考える時間がある程度ないと爆発します。
一方で、何かをみんなで作りあげる文化祭的な楽しさも大好きです。
この二つがバランスとれてできているときが
自分の人生でもっとも楽しい瞬間のように感じてます。

なにを言いたいのかまだ、ちゃんとまとまってませんが
考え中のことを書いておく場所なので書ききってしまいます。

自分の本当に好きなことを、じっくり仕事にしている人は
ライフワークバランスなんて、必要がなくなるように思います。
ライフワークバランスって、声高に言って、
みんなが共感している社会ってものすごく貧しい社会かもしれませんね。
ローマ時代の奴隷とは、サラリーマンのことって言いますしね。
貧乏でも、社会的に身分が低くても、じっくりこつこつと
好きなことを仕事にしている人を僕は尊敬します。

2006/10/31

「お祭り」から「日常へ」

現代社会は、お祭りを日常化することに注力しすぎたのではないだろうか?

外食。飲み会。遠くの人と会うこと。旅行。乗り物に乗ること。
音楽を聴くこと。映画やテレビなどで物語に触れること。

すべて、お祭りなどの行事でないと体験できなかったことたちだ。

一方で、遠のいてしまったのは
「日々の生活」地味なことになってしまうだろうけど。

草むしり。風を感じること。お昼寝。朝の夜露を眺めること。森
に入ること。花を楽しむこと。手で何かを作ること。

今、都市生活では明らかに後者のもの。
体験が価値を持ち始めている。

そんな気がしませんか?

2006/10/30

「夢中になれるものが、欲しい。」時代

夢中になれるものコンサルタント。
そんな職業がなりたってしまうのではないかというほど、
みんな夢中になれるものを探している。

モラトリアム時代の「自分探し」。
30代になっても、フリーターで「自分探し」。
それを非難する大人も、定年後の自分の生き方を探して「自分探し」。

すべては夢中になれるものを探している気がする。
夢中になっている瞬間は、自分を忘れることができる。
つまり、「自分探し」ができると、結局は「自分を忘れる」ことができる。

なんだか矛盾している気もするけど、
人は、そんな自分を忘れることを目指して「自分を探している」。

むぅ、好きなことを極めること。
没頭することになぜこんなに苦しんでるのだろう?
なぜか背徳感があるからだろうか?
そこに何か答えがある気がするなぁ。
まだちゃんと説明できないけど。

空気読み

空気読み。

そんな活動を行いたいと思って、付けた名前です。
世の中の雰囲気から、心理を整理して言葉にしたい。
そのことによって、世の中をよりクリエイティブにしたいなぁと思ってます。

そう。消費のクリエイティブってやつに貢献したいのです。