2007/09/15

上海は日本の未来だ。二極化の姿に直面して













なぜそんな逆行したことを考えたのか?
上海が日本になる途中なのではないのか?
そんなふうに思われるかもしれませんが。

上海で一番感じたことは、この二極化の行く末です。

裕福な人たちは、世界とつながり
世界基準の生活を謳歌できる。
もちろん、仕事も報償も世界基準だ。

一方で、何もない人たちは
道に座り込み、お金を強請る。
みんなが貧乏だったころは、
何も感じなかったが、
裕福な人が出たことで相対的に
自分たちのあり方に怒りを感じる。
それは、どこに向けたらいいのかわからない怒りだ。

日本で今後ますます進行する「二極化」「格差社会」とはこういうことだ。
すでに、全体に富を配分できる時代ではない。
国が豊かになれば、自分もおこぼれを自動的にもらえる時代じゃない。
世界基準で働く機会が生まれる一方、
あきらめが慢性的に漂い、仕事も生活もできない人が出てくる。
幸福とは、相対的に感じることが多いため、
この人たちにとっては、許し難いことになるだろう。

上向きのベクトルの上海では「二極化」はなんとか溶け込んでいる。
一方で、下向きのベクトルの日本では
二極化が起こることを具体的にブレイクダウンして
語らないことで、イメージさせないことで蓋をしている。
格差社会と言っておきながら、その具体的な姿はイメージさせない。

どちらがヤバイかというと、それは日本だろう。
今回の上海行きのおかげで
言葉の上では理解したつもりになっていた「二極化」「格差社会」の
本当の意味が腹に落ちた。

























庶民向けの20元もあったら腹一杯になる食堂と
100元単位の料理が並ぶ高級店。
服の価格差だったて尋常ではない。
もちろん、質も違うってことだが。
その異なる層が同じところにごった返している。
上半身裸の人と、ブランドを身につけた人が一緒の道に存在する。
そんな社会をいままで見てこなかったから
特に感じたのかもしれない。