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2014/04/03

「何事も全力で」から「楽することをサボらない」へ




新人社員に送る、社畜にならないための4つの習慣。(デマこいてんじゃねぇ!)というエントリーがいかしている。

いろいろと書いてあるが、このエントリーは以下の一言に尽きる。

“アウトプットが同じなら、ラクしている人のほうがすごいのだ。”



自分が新入社員の時に言われたのが、「早く、力の入れどころ、抜きどころを覚えろ」というアドバイスだった。

見極める力がないころは、すべての仕事・タスク・作業が等価に見えてしまい、すべてのものに全力でぶつかっていってしまう。

仕事への相場観ができ、凹凸が見えている先輩の目からは、新人の仕事への態度は、仕事の重要性を無視し、リソース配分を考えない、無計画性ばかりが目についたのかもしれない。

全力でやり続けていたら、長くは続かない。どこかで重要な仕事で大きなミスをしてしまうかもしれない。。。

−−−

「何事にも全力で」ということを、美徳としている人もまだまだ多い。日本社会全体でいえば、まだまだこっちが主流だろう。

勤勉さを否定はしないが、それが報われるという前提で“勤勉さ”の押し売りをされると、すごく気持ち悪い。


個人的に大好きな商品やブランドのいくつかは、職人の丁寧な仕事によって生み出されるものだ。でも、それは生み出される商品が素晴らしいからであって、苦労が好きなわけではない。手間をかけるだけの意味のある作業を見極め、ちゃんとそこを大事にしているから好きなのだ。


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マーケットが成長しているときには「何事も全力でやる」ことが、“結果的に”多くの人におすすめできるアドバイスだった時代があった。その時の教訓を、時代が変わっても引きずってしまっている。

今は、“どこがポイントなのか?”や“何に力を入れるべきなのか?”を見極めることが非常に重要だ。本気で全速力でアクセル踏みまくる前に、軽くテストして見極めることもずいぶんと市民権を得てきた。

でも、それは、“いかに手を抜くのか?”“やらなくてもいいことはなにか?”を見つけられることの重要性も指している


「楽をしよう!手を抜こう!」という言うと社会的な抵抗感がまだあるならば、「楽をすることをサボらない」ぐらいの楽することの勤勉性を、ヤレヤレ感を出して訴求するぐらいで、ちょうどいいのかもしれない。

蛇足:だとするならば、“手抜き修行”とか“適当な人になる講座”とかのマーケットが立ち上がってきてはじめて、社会的に「手抜き」や「楽する」ことの価値が認められるようにようになるのかもしれない。それはそれで息苦しいけど。


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