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2011/04/05

Quality of Lifeって、例えば、毎日上質なバスタオルが使えること。


Quality of Lifeって、難しく考えれば考えるほど、つまらなくなって意味がなくなる設問です。肩に力が入れば入るほど、窮屈で無理したライフスタイルはQuality of Lifeから離れていってしまいます。

僕の場合、極端にしごく単純に言ってしまうと、「風呂上がりに、毎日上質なバスタオルが使えること」です。肌触りがよく、気分を良くしてくれるような。

それが、自分のご機嫌を作ってくれます。そして、バスタオルって誰かに見られることから解き放たれて、ここにお金を掛けることに優先順位を上げるということ自体が、自分のQuality of Lifeの象徴なんです。

生活の質を上げるということは、自分で自分の価値観の優先順位を認識する必要があります。そして、そのことで日々の気持ちをご機嫌にすることができちゃう。これだけなんだよなぁ。

何が言いたかったのか、まだよくわからないけど、きっと以下のようなことを含有しているの気がします。

  • バスタオルが気持ちいいということは、シャワーを毎日気持ちよく浴びられることにも感謝する必要がある
  • 人によって、Quality of Lifeの優先順位は違うのだから、具体化しても人によっては満足度を上げる方法が異なる
  • 必ずしもお金持ちになるとか、プールのある家に住むとかそういうことじゃなくて、目の前にQuality of Lifeってあるんだと思う


ちょっとしまりのないエントリーですが、自分にとって「バスタオル」に気がつけてすっきりしたことのメモです。

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2011/04/04

今、直面しているのは「世間体」との戦い。



今後、震災後の世界に住むわれわれに襲い掛かってくるのは
「世間体との戦い」という自分との戦いになるのかもしれません。
震災後、いままで薄々対応しなくちゃいけないと気付いていたことに
いよいよ、取り組まざるをえない状態に追い込まれました。

・エネルギーを大量に消費するライフスタイルとの決別
・日本国内市場だけの経済成長がもはや期待できず、海外マーケット進出の決断
・ホワイトカラーの一つの場所に集まって仕事をするという働き方
・巨額の国債と、その引き受け先としての国民。そして通貨の弱体化の影響

さらには「身の安全」まで真剣に考えなくちゃいけなくなりました。
いつかはやらなくちゃいけないと思っていたことが
すべて緊急対応が必要な状況になった状態です。
個人で何ができるのか?
この困難な局面でのサバイバル能力が問われています。
上記に対応すると、以下が今必要なことですよね。

・省エネルギーライフスタイル
・住む場所/稼ぐ場所/納める場所のアンバンドル化(ワンセットで考えない)
・在宅ワーク/ノマドワークスタイル/プロジェクト型ワークスタイル
・円だけでなく、各国の通貨での資産形成

みんなたぶん頭ではわかっていると思います。
しかし、私たちには見えない大きな壁があります。それは「世間体」という壁です。

例えば、省エネライフスタイルのためには、夏は涼しく冬は厚着で過ごさないと無理です。みんなで一斉ならできるのかもしれませんが、率先してやりはじめた「最初の一人」は後ろ指を指されるでしょう。クールで快適な職場環境から汗かいて、泥臭く働かなくちゃいけません。今までの世間体にこだわり「スーツじゃなくちゃ!」なんって言ってられません。
住む場所と稼ぐ場所、納める場所と組み合わせを考えて動こうとすると、「日本を捨てるのか!」と非難を浴びることになるでしょう。日本を見捨てるわけじゃなくて、海外も含めて今まで当たり前だと思っていたことを変化させていくだけです。特に三番目の「納める場所」。税金を払う場所ですよね。ここが一番非難が集まる部分だと思います。
プロジェクト型ワークスタイルやノマドワークスタイルだって、一人だけでやろうとしてもブラブラしている変な人扱いです。また関係者が理解を示してくれなければ、うまくいきません。新しい仕事の進め方のルールですから。
結局、今までもわかっていた課題に真剣に取り組む時期なのです。
最初に動くと「世間体」と戦うことは必須でしょうが、逆にこのすばらしい日本人気質を有効に利用して「みんなで一緒に最初の一人」になることで前進できます。

一旦は、国内産業でも空洞化することは避けられませんが、世間体から自由になった人たちなら日本を復興できます!震災前の日本じゃなくて、本来の希望あふれる日本に。


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2011/04/02

さて4月。気分新たに、リラックスしよう。



気持ちもなにか落ちつかない例年とは空気が違う4月です。
でも、まあコーヒーでも飲んでリラックスしようか、と。

6月に発刊に向けて動いている書籍も、形になってきました。前にこのblogでも前振りしていますが、グラミー賞受賞アーティストのダグラス・パーヴァイアンスさんの本です。
→(グラミー賞受賞アーティストDouglas Purvianceさんとのトークショー運営で学んだ「幸せなキャリアを築く」4つの秘訣。)
震災前に書いた本だけど、震災後の世界に必要なメッセージだったなぁと今になって感じてます。

その後の本も鋭意執筆中です。こっちはマーケティングの本です。まだまだ、書き始めている状態ですが。。。

春だから、新しいことをはじめたい気分と、一方で資本主義時代の遺産や考え方にお別れするほうが先だろうという感覚が入り交じっています。

やっぱり、もっと肩の力を抜いて、自由に自分の感覚を信じて生きていきます。いままでも、そうでしたが、世の中からはみ出た存在で、何やっているかわからない不思議なポジションで有り続けることが、きっと僕の役割だし、他の王道の生き方は合わないし。。。

4月1日に書くと、嘘だと思われそうなので、4月になって感じたことを2日の今日記しておきました。

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2011/03/29

「腹8分目ライフスタイル」が新しい日本を創るかもしれない


ここのところ、東京では多くの人が「経済を回さないと」とか「経済を回します!」と口にします。

被災地じゃない東京が、いつまでも暗い気分になってちゃいけないし、経済活動を支えるということの大切さも重々わかっているのですが、だんだん違和感を感じるようになってきました。

「経済を回す」という言葉自体の違和感もあるのですが、震災、節電、買占めによる物資不足に際して、「腹八分目」の生活を、選択するという方向もあるよなぁという思いが日に日に強くなっています。

ふと立ち止まって考えてみると、今までが過剰に無駄遣いしてきていただけのような気が…。今までの生活自体、自分が望んだことなのか? それとも、それこそ「経済を回す」ために、消費者として飼いならされてきてしまったものなのか? よくわからなくなりました。

無理やり夜中に、街を明るくすることで消費意欲を煽る必要って、そこまであったのだろうか? 夜は暗いものという前提で、家で本を読んだり、音楽を楽しんだりする時間があっても良かったのかも?

年中快適に効率的に働くために、暖房や冷房が効いた部屋である必要性って、そこまであったのだろうか? 季節によって、暑いときは「仕事にならん!」と言って早めに飲みに行く時期があっても良かったのかも?

どんどん拡大していった欲望を、ここらで一旦八分目にするいいタイミングです。
節電じゃなく、収入が8割になるという前提で、消費を8割に設定して生活してみる。
それによって、自分にとって譲れない消費分野と、なんとなく雰囲気でお金を使っていたと気付く分野が見えてきます。

そして、最大のメリットが、個人・家庭の損益分岐点が下がることです。

こんなこと提言すると、「経済が縮小するじゃないか!」と「経済を回す」発言の方々は思われるでしょう。はい。一旦は経済は縮小すると思います。でも、このタイミングは無理したからといって経済拡大できるタイミングではありません。

高くジャンプするためには、一度思いっきりしゃがむ必要があるのです。

だったら、まずは腹八分目生活をやってみて、損益分岐を下げましょう。
個人の生きるための損益分岐点が下がることで、今までより給与などの収入への依存度が下げられます。さらに、余剰時間も生まれてくるはずです。

依存度が下がり余剰時間が生まれることで、自分の能力を使ってやるべきプロジェクトを見つける人が出てきます。そしてその中から、起業する人が増えて、新しい産業を興していく人が出てくるでしょう。

「経済を回す」ことに感じた違和感は、現状ルールを踏襲するのをやめて、より自分らしいライフスタイルで経済寄与するせっかくの機会なのに…ということから発生していたのかもしれません。

現在の生活水準、いままでのライフスタイルを見直すいい機会です。
固定費を落とした生活を構築できれば、より未来に向けた選択肢は増えるはずです。

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2011/03/24

結局、「無形資産」に勝るものはない!



今回、震災で改めて思ったことをBlogに残しておきます。
数年後、このタイミングだから気付けたんだと振り返るときがくるかもしれないので。。。
前回更新した「やっと愚直な人の時代が来たよ。」に続いて、「無形資産に勝るものはない!」というのが今回の題材です。
有形資産である「貨幣」や「家」「土地」「車」すべてが、平時において「価値があるように見える」ものだということに気がつきました。
ここまでの甚大な震災が起きたことで明白になったのが有形資産の頼りなさです。持っていたとしても一瞬で失ってしまうことがあります。震災じゃなくても、みずほ銀行のトラブルでも露呈したように貨幣もただの数字になり、引き出せない可能性だってあります。
一方で、再評価されているのが無形資産である「人とのつながり(人脈や関係性)」や、蓄積してきた「自分ブランドに対する信頼」などです。
裸一貫、出直そうと思ったときに有利になるのは、結局こういった「無形資産」のほうなんでしょうね。
そして、普段から「なぜあの人はいつもうまくいくのか?」の答えは、目に見えない無形資産をたくさん持っているからなんでしょうね。
こんなことが起きない限り、私たちの目は、つい有形資産ばっかり見てしまいます。そして羨んでしまう。でも、目に見えない無形資産に注意して、自分の周囲の人たちを眺めてみると、羨むべきは「無形資産」だということに気がつけるはずです。
有形資産をたくさん獲得できた人たちが、一番持っていたのは無形資産。有形資産を持っていなくても、幸福な人たちがたくさん持っているのは無形資産かもしれません。

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2011/03/22

やっと愚直な人の時代が来たよ。



震災後、ガラッと世の中の価値観が変わりましたね。
私が東京にいるからであって、関西や九州にいるとまたちょっと違うのかもしれませんが。。。

一番大きな変化は、「愚直な人」「自己犠牲の人」にスポットが当たっていることです。ほんの数年前のリーマンショック前には「効率化」「楽して稼ぐ」「自己成長」がキーワードだったことを考えると、180度価値観が変わったように感じます。

ここまでの期間、愚直で謙虚で自己犠牲の人はつらい想いをしてきたと思います。
期待を上回る品質の仕事をしていたり、丁寧なコミュニケーションをしていると「効率が悪い」と言われ、さらには「なんでもっと効率的にやらないんだ!」と叱責されていたと思います。

これからは「愚直な人」の時代です。
粛々と正直に生きている人が尊敬される時代です。
愚直が日本の強みだということが、世界からの賞賛で気付かされました。

ソーシャルメディアにあわせて、マーケティングが変化することを求められています。
そんな中、必要となるのが、発信者が「愚直」に
「自分の想いを実現するために粛々」と行動していることです。

広告中心の時代のコミュニケーションのように、
「オレはこんなにスゴイ!」と声高に発信する時代ではもはやありません。
「自分の想いを実現する」ために「愚直」な活動を行っていると
その姿に共感した人たちが手助けしてくれ、頑張っている姿を他の人に伝えてくれます。

今回の震災で、「愚直な人」にスポットが当たったことと
マーケティングの世界で求められている「愚直な活動」がシンクロしたように思います。

愚直に、周囲の人を幸せにするため、
世の中をより良くするために、今日も粛々と生きていきましょう!


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2011/03/17

自分よりも恵まれていない人を思う目線に変わり、魅力を取り戻した日本。


いまだに東京の臨戦態勢が続いています。節電で真っ暗ですし、過剰な自粛モードが続いています。


HDDに録画されていた番組などを眺めてみても、3/11の地震以前のものは空気感が違いすぎて見る気になれません。一方で、ニュースを見てしまうと心がざらつくので遠ざけて、できる限り音楽を聴くようにしています。


さて、地震後すごく聞くようになった言葉に「私はまだ恵まれています。もっと大変な人のことを思うと・・・」と、自分より悲惨な状況の人への気遣いです。


仙台北部で被災している両親も、「電気だけでも来たので、恵まれている」と言います。
近所の人たちと給水車に並びながら、「いままで浮かれていた」とお互い反省していると言っていました。そして「ここよりひどい地域のことを考えると涙が出る」と。。。


東京で節電をしながら感じているのも、この「もっと悲惨な人のことを思うと・・・」だと思います。そして、そのために、真っ暗でも寒くても節電が徹底されています。一生に辛い体験を少しでも共にすることで、痛み分けをしているような気がします。


東京で買い占めをしている醜い人たちを除いて、多くの日本人の目線が変わったように感じます。


今までは、自分より恵まれている人を見て、羨んだり、ねたんだりする目線が多かったように感じます。だからこそ、強者を叩くような論調が強かったと思います。モンスター消費者に、モンスターペアレントに・・・、と。


一方震災後、目線は下になりました。自分より恵まれていない人を心遣い、自分が恵まれていると感じ、慎んだり、手を差し伸べる目線にガラッと変わりました。


そして、目線が恵まれていない人への心遣いに変化した瞬間、日本には可能性がまだまだ残っているという希望が見えてきました。日本の一番の資源は、この思いやりができる人の心だったんだなぁ。


私も今回のことで、日本が大好きになりました。がんばれ日本。がんばれふるさと!


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2011/03/13

"Operation Tomodachi" 結局、友達とか家族とか誰かのために。




3月11日の東北大地震、津波も原発も。今回の危機で、いろいろなことを感じました。

私は、仙台で産まれて、実家のある宮城県黒川郡大郷町(松島の隣町)で大学卒業まで過ごしました。小学校・中学校・高校・大学の友達もほとんどが、今回の地震・津波の影響を多少なりとも受けていると思います。

実家に居た父と母には地震当日は、ネットで連絡が取れていました。幸い家が役場の隣なので、情報にしても物資にしてもマシな環境にいるとは思います。停電して水道が使えない状態ですが、ガスはプロパンです。次の日以降は連絡とれてませんが、安全な場所なので安心しています。

弟夫婦は、仙台駅近くのマンションにいます。昨日ケータイが充電が復活したらしく連絡をもらいました。電気、ガス、水道ダメだけど避難所に行くと人が多いのと寒いので、マンションにいるとのこと。(先ほど、公衆電話から連絡があり、水道が復活。電気が夜には復旧するとの連絡あり)

しかし、大学の友人や高校の友人で心配な人がたくさんいます。ニュースで取り上げられる地名を聞くたびに、「○○の家のとこだよなぁ・・・」と頭をよぎります。さらにヘリコプターからの映像を見ると、懐かしい場所の変わり果てた姿です。

野蒜海外。矢本の自衛隊基地。七ヶ浜。荒浜。。。さらに町がなくなった陸前高田って。。。避難場所になっている学校の名前を聞いていても知っているところばかり。。。

そして、多くの知り合いから僕のところに、心配してもらい連絡をいただきました。海外からも仙台出身だということを覚えている人は驚いて連絡をもらいました。いやぁ。本当にありがたいですよね。こういう時こそ、人のつながりや手を差し伸べてくれることのありがたさを認識します。人間同士の思いやり以上のものはないかもしれません。

■
アメリカが空母を出しての日本への救援プログラムの名前が「Operation Tomodachi」とのことです。いいネーミングですよね。世界が急速に繋がって狭くなっている中、みんな誰かの知り合いやその知り合いです。そんなか、アメリカからも友達を助けようと手を差し伸べてくれる名前なのに、感動しました。

Facebookやtwitterで繋がっている人が増える時代。コミュニケーションが国を超える時代。そして、個人と個人がどんどん繋がっていく時代だからこそ、世界の人からの心配や応援の声が聞こえてきてすごく嬉しい。お互いがいがみ合うのではなく、個人という弱い存在同士が、相手を思いやって応援し支えあえると本当に実感しました。

こうやって東京で、直接の被害は何も受けていませんが、仙台出身者にとっては、世界からメッセージが寄せられて、手を差し伸べてもらえているということが、当事者として本当にうれしいのです。

今回のことで、もう一歩価値観のシフトが進みそうです。「自分だけよければ・・・」なんてもう興味ない。経済のゲームへの興味も一気に減退しました。自分のメリットとかもうどうでもよくなってきそう。お互いが助け合って、手助けしあって、暮らしていく社会により移行しそうです。あと、エコも節電も。ファッションとかじゃなく、「痛み分け」としての節電。自分ができる「お裾分け」として。

個人的には、今は節電と募金しかできていませんが、この危機が終わった後も東北地方の復興は時間がかかるはずです。東北地方の復興のために、何かアクションをしていこうと決めました。微力ですが、復興のお手伝いになるような仕掛けをやっていきます。



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2011/03/10

80年代の「日経トレンディ」にあたる雑誌コンセプトを考えてみた。



80年代 新製品がニュースだった時代。みんなが消費することを夢見ていた時代。
そんな時代に一番象徴的な雑誌が「日経トレンディ」だったかもしれません。(調べてみたら87年創刊です。)
次から次と出てくる新製品が輝いていて、
「新しいものが、欲しい物」という時代。
その時代「トレンディ」ってワードは輝いていたのでしょうね。
今、「トレンディ」って言葉にはちょっと気恥ずかしさがあります。
じゃあ今は何だったら、どんなものが考えられるのでしょう?
2010年代 二つにキーワードが分かれそうです。
一つはこの厳しい状況を戦いながらも、
人からの見られ方・格を重視する「エスタブリッシュ」。
もう一つは、自分次第でまだまだ楽しめるよという「ノマド」の世界
例えば、「日経エスタブリッシュメント」と「日経ノマド」です。
<日経エスタブリッシュメント>
英語、海外ワーク、現地法人の作り方、新興国・コモディティ投資
勝てる子供の教育法などの次世代エスタブリッシュを育てるネタも満載
ラグジュアリーなライフスタイルを送るセレブ情報
どうやったら成功者になっていけるか?に答えるエリートマガジン
<日経ノマド>
クリエイティブで、エコで、社会に貢献しながら楽しく生きる!
子供と長く過ごせる仕事のやり方などなどライフスタイル事例満載
既成概念にとらわれずに、自由に自分らしく生きる人を応援する
お金よりも幸福感・貢献感・Quality of Lifeを高める人のゆるい生き方マガジン
もちろん、日経さんからこんな雑誌が出ているわけじゃなく、
あくまで僕の勝手な想像です。
ちょうど、僕の世代(74年産まれ)はこの両方の人がいます。
二つのコンセプトの端境期のようです。
格に重きを置く人もいれば、僕のようにノマドを目指す人もいます。
twitterやFBでいただくブログへのコメントを見ていても、両方の意見があります。そして、リアルで会う人たちでも。
価値観と価値観がぶつかるポジションにいるおかげで
気がつくことも多いので、非常に面白いです。


ちなみに、僕のライフスタイルや価値観は「日経ノマド」ですが 
新興国ネタや海外ネタなど、何でもかんでもネタは仕入れておきたいのと
好奇心がだまっていないので、どっちの話にもついていけます。
■
今回雑誌というテーマで考えてみたのは、
ある程度意志を持った生き方をしている人で
考えることができると思ったからです。


多くのサイレント・マジョリティは、
どっちでもなく、現状に適応するだけで
時間が流れていってしまうので、価値観の変化を捉えるには
遅効指標にしかならないように思えるからです。

どちらの価値観がいいとか悪いとかじゃなく、
やっぱり、自分で意志を持ってライフスタイルや
生き方を選んでいくことをさぼっちゃいけないよなぁ。



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2011/03/09

なぜ「儲かったら飲み屋やろうぜ!」なのか?

どうして成功した経営者は
「儲かったので、飲み屋でも持つか」と考えるのでしょうか?

なぜに、リタイアした人が
「喫茶店でもやって、ゆっくり過ごすか」と思うのでしょうか?

会社に勤めたくない若者が
「自分たちでブランド作って、店出そうぜ」って言い出すのでしょう?

「アプリ作ろうぜ!」とか「サイトやろうぜ」
「新しいサービス提供しよう」と考える人はまだまだ少数派です。

一つには、技術的なことやリテラシーの問題が
あることも事実ですが、それは大きな理由ではないと思います。
まだまだリアル(オフラインの場所)には、
オンライン上では得られない大事な価値があるからです。

自分たち、仲間たちの「居場所」であり
何かあったときにフラリと寄れる
ホームベースを持つ
ということへの魅力です。
また、リアルに場を持つことは、
何らかの「箔」をつけることにも繋がります。

基地に集まってきた仲間や同志たちと、
悪巧みやプロジェクトを立ち上げる機能を持っています。
この辺りに、リアルの場が持つ無視できない価値があるのです。

そこに惹かれるからこそ、
飲み屋や喫茶店やお店をやりたいと動物的に感じるのです。

さて、よく考えてみてください。
仲間との居場所であり、ホームベースであり、
仲間や同志とプロジェクトを立ち上げる場所という機能。
これって、クローズドなソーシャルメディア(Facebookやmixi)の
得意とするところですよね。

でも、仮想空間では、自分たちの「基地感」が足りません。
常にある場所で、匂いや感覚がないと物足りないのです。
それと、現実の場所は簡単には持てないからこそ価値があります。
結局、secondlifeだってリアルの場を代替できませんでした。

果たして、今後、テクノロジーが進化して
「仮想空間が、リアルに負けているところを補って代替していく」のか?

それともやはり、「リアルの空間の重要性がより増して行く」のか?

現在のところは、後者だと考えています。
「儲かったら、飲み屋やろうぜ!」の魅力がしばらくは続きそうです。





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2011/03/06

物欲の減退の行き着く先は、次の新しいライフスタイルへの準備

年々、物欲が減退しています。個人差はあるとは思いますが、きっと皆さんも同じ傾向はあるのではないでしょうか?

個人的な消費傾向について説明しておきます。
もともといろいろと新しいモノが出るとチェックしておかなくちゃと感じる傾向があったのですが、今ではすっかり、消費の中心は交際費や旅行、書籍代、服飾費ぐらいです。

テレビも買い換える気が起きないため、随分前に購入したFORIS TV(地デジ対応する気もナシ)で満足してるし、他の家電も買い換えるのが正直めんどくさい。よりいいものが出ていることは知っていますが、消費意欲が起きません。

正直、明確に欲しい物がないのです。誕生日に何が欲しいと聞かれたことで、「別に何もないなぁ。。。」と改めて感じた人もいると思います。

一つだけ例外があるとしたらアップル製品。iPadやiPhone、MacBookAirなどについては、真っ先に購入します。新しいライフスタイルの可能性に対して、お財布を開く感じです。つまり、モノじゃなくて可能性に対してお金を払っています。

書籍も金額的には月2万円ぐらいですが、コンスタントに買い続けています。
全部を読むかどうかは別としても、書籍も「可能性」に対してお金を払っている気がします。この本を読むことで、得られる知識や、それによって変わる自分に対してお金を払っています。

この観点で考えていくと、旅行も交際費も服飾代の消費理由も同じです。
旅行することで、得られる経験や見識の可能性に対して消費します。
飲み代も、その場に行くことで出会える人や会話に対しての消費。
服も、その服を買うことによって、自分がどう見えるかという可能性への消費です。

もともと物欲って、物が欲しかったわけじゃなくて、自分や生活が変わるかも?という「可能性」に対して産まれてくるものだったのでしょう。

家電だって、昔はライフスタイルを変える可能性にあふれたものでした。
しかし、今ではほとんどの分野の物には、自分を変えてくれる可能性を秘めた分野が少なくなってきています。

しかし、こうやって考えてみると、今の時代にも消費意欲がわく分野が残されているのが見えてきます。自分のライフスタイルを変えてくれる分野とは、ジャック・アタリが言う「オブジェ・ノマド」達です。以前、「ノマドワーカーにならなければ、死が待っている」という記事にも書きましたが、iPhoneやMacbookAir。リモワのスーツケース。カメラ。移動の時に便利な着心地のよくていろいろな状況に使える服達etc.

つまり、移動しながら暮らしていくために必要な物に関して、触手が動くのです。実際、ノマドワーク仕様の物であっても、そこまでの機能が必要じゃなくても「可能性」が大切なのです。

いつの間にか、長い記事になってしまいましたが、物欲の行き着く先は、次の新しいライフスタイルです。次の新しいライフスタイルを手に入れるための、トレーニングや商品には触手が動きます。

だから、企業の方々。今の消費者は物欲がないって嘆かないでください。我々は、次に必要なライフスタイルに進化するために準備をしているのですから。

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2011/03/02

「既存の仕組み」の外から、日本を揺さぶる

昨日、某勉強会で加藤順彦さんのお話を聞いてきました。
(ここに書いてもいいようなことだけ書きますね。クローズドな勉強会なので)

加藤さんが学生ベンチャーから初めて、
NIKKOの創業から成長、GMOへの譲渡。
ダイヤルQ2からインターネットへと、
日本でも新しいマーケットが生まれて追風が吹く時代の経験。

そして、急激な官僚による規制。
クライアントやマーケットが急激に冷え込み
信用収縮を起こしてしまう様などなど。
実体験を臨場感を持って、熱く熱く語っていただきました。

「日本という市場が縮小していることから、官僚が規制で
 ベンチャーを締め出し、信用収縮が起きて官製不況が起きている。
 小泉政権以降、ずっとこの状態が続いている。

 だからこそ、日本の外で活躍する起業家を育てることで
 結果的に、日本を外から揺さぶって刺激を与える。」

この考え方に、すごく共感しました。
やっぱり現状を打破するには、
既存の仕組みの外から、日本を揺さぶらないとダメですよね。

私も同じく、既存の仕組みを揺さぶるためには
モルモットとして、「その他」の生き方を提示して
後についてくる人が増えていくことによって、
既存の仕組みに亀裂を生じさせるしかない、と考えています。

なぜなら、日本では加藤さんがまさしく体験したように
派手にやってしまうと、目をつけられてつぶされてしまいます。
見せしめとしてやられてしまうのが日本社会の仕組みです。

加藤さんが、シンガポールなどアジアでの起業を支援することで
日本人が起業にむいていないのではなく、
官僚が作っている日本というシステムが問題だということを
証明しよう
としている動きにはとても共感します。

ますます成長するアジアというキーワードに対して
自分がどう関わっていくのがいいのか?何ができるのか?
考える非常にいい機会になりました。







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2011/02/28

異文化がぶつかることで、新しいものが生まれる

以前、このblogで「ルネサンス三大発明から考える現代の三大発明は?」という記事を書いたところ、読んで頂いた方から、12世紀ルネサンスという本を紹介いただきました。



この本に刺激されて、このエントリーを書いています。
12世紀ルネサンスは、本当に知的刺激が得られる素晴らしい本でした。

一言で言えば、「異文化がぶつかるときに、新しいものが生まれる」ということを歴史的に実証している本と言えると思います。

西欧社会から失われていた古代ギリシャの文明や科学を、アラビア世界経由で再発見した時代。宗教的な違いや言語の違いなどを超えて、アラビアに学んだ人々の功績。そして、イベリア半島などの文化がぶつかる地点の重要さなど、今にも通じることがたくさんあります。

個人的に言っても、海外に行ったときに行き詰まっていたアイデアがスパークすることや、他文化の視点から日本を見て気が付くことが多々あります。そして、今取り組んでいる書籍もNYと日本というやりとりで作っているので、異文化がぶつかることで浮き彫りになる事実があって興味深いです。

そう考えると、ソーシャルメディアを使って異文化がぶつかったり、議論できたりするチャンスは、人類にとって第三のルネサンス期になるかもしれないですね。

民族運動や、民主化運動のツールとしてのソーシャルメディアという側面に今は注目がいっていますが、次は異文化の衝突から新しいものが生まれるムーブメントが来るでしょうね。

個人的にも、もっともっと異文化衝突する機会を増やしていかないと。

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2011/02/24

「雇われない、雇わない生き方」

昨日、イケダハヤトさん(@IHayato)のBlogに
私と会ったときに感じたことを紹介していただきました。

「誰のための拡大路線か」と
「損益分岐点の低い生き方」という二つの記事です。

この記事への返答として、もう少し自分の思想を書いておきます。

以前にも「『右肩上がり』を疑えれば、楽しい会社は創れる」
という記事で書いていますが、
なぜ拡大を目指す必要があるのか?を疑っています。

「拡大再生産」は資本主義の大前提ですが、僕には気持ち悪いのです。

なぜ、毎年毎年事業を拡大し、売上と利益を
どんどん膨らませなくちゃいけないのでしょうか?

個人商店を例にとって説明すると。

最初は自分たちが好きなものを選んで、
喜んでもらえるお客さんに気持ちよく商売ができていたお店が、
拡大するにつれどんどん忙しくなり、
店員やネットショップ要員を雇うようになります。
売れれば売れるほど、人件費などの固定費が増えていきます。

もちろん調子の良いうちはいいのですが、
急に主力商品の売上が伸び悩んできたときに、
壁にぶつかるようになります。
雇ってしまった人件費のために、
売上をキープするか利幅を確保する必要が出てくるのです。

気がつくと、売れるからという理由で、
自分たちが好きでもない商品を扱うことが出てくる。
もともといたような、
好きで買ってくれるお客さんではなくなってしまう。

考えてみたら、
小さく個人商店でやっていたころが一番楽しかったなぁ。。。
ということが起こります。
ある程度のところで、
拡大を止めておけばよかったという後悔が出るはずです。


もちろん、拡大していくに喜びを感じる人も多いと思います。
また、現在の社会では拡大してもらって、
たくさんの人を雇ってくれて
多くの税金を国に収めてくれる企業は
もっと尊敬されてしかるべきだと思います。
右肩上がりで人のためになる事業をやることを
否定しているわけではありません。

でも、小さい企業として考えたときに、
別に右肩上がりの経営をやる必要もないし、
だったら人を雇わないという選択をして、
事業設計をすることも可能なわけです。

「何のために働くのか?」の根幹に関わる考え方です。

自分の知的好奇心が満たされる業務を
信頼しあえて、刺激しあえるプロフェッショナルたちと
一緒にやっていきたいのです。

だから僕は雇われずに雇わず会社を経営しようと決めています。
そのため、できる限り変動費化しています。
プロジェクト単位で、スペシャリストを集めて業務にあたります。
プロフェッショナルなので、お互いが学べることも多いし、
案件単位でお願いするので変動費化できます。

そして、雇わないために、徹底的なアウトソースも必要です。
経理業務や税務業務、出張時の新幹線の予約チケット受け取りとか
徹底的にアウトソースしています。自分の時間は貴重ですからね。

現在の会社法では一人でも法人は作れますし、
パートナーたちと四六時中一緒にいなくても
協働するためのツールがたくさん揃っています。

もしかしたら、
次の社会ルールでの会社のあり方なのかもしれません。
こういった新しい会社のあり方を、
僕自身が人柱となって選択肢を提示できればと思っています。





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2011/02/23

ソーシャルメディア時代には、企業コミュニケーションも「草食系」になる

やっぱりそうだよなぁ、と思ったことがあるので
自分なりの解釈に直して備忘録的にblogに書いておきます。
後々原稿書くときに使えるかもしれないからw

マスメディアの時代には、企業自体が感情をこめて、自社のことを宣伝していた。
しかし、ソーシャルメディアの時代には、企業は自分の事実だけを発表し、
ファンだったり、利用した人が感情をこめて、その企業の宣伝を行うようになる。

マスメディアが元気な時代には、人間も企業も「肉食系」だった。
ガツガツと上昇志向があり、「オレがオレが…」のオレオレ主義だった。

右肩上がりの経済成長を目指し、従業員が多くて、上場企業であることを誇り
お化粧してでも、自分をよく見せようと背伸びしてやってきた。

CMやマス広告を使って、より豊かになる生活を目指させる。
所持することの喜びや、持っていることで作られる自分像を想起させる。

一方で、これからは企業も「草食系」になる必要がある。

自分の事実をありのままに伝える。
失敗したことや、ダメな部分もさらけ出す。

自分たちに大事にしている価値を信じ、別に他社と比較されても
うちはうちの価値観でやってますから真摯に対応できる。

従業員数や、売上や上場企業であるかなどはまったく関係なく
いかにユーザーに愛されているのかを重視する。

やはり、新しく生まれた人間のが先に進化して、
企業や社会の仕組みが遅行して変わっていくのでしょう。

次は企業の「草食」化、草食企業が注目されますよ。


無印良品や、ANAなど日本企業でうまく
ファンとのキズナができている企業には
もともとブランドのDNAに
草食要素が組み込まれているのかもしれないなぁ。
そうすると、ブランドの作り方自体変わってくるかもなぁ。




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2011/02/22

「昔話=自己啓発書」人間が生きるのに欠かせないモノは、形が変われど残る

以前からblogで告知しているように、
グラミー受賞アーティストのダグラスさんの本を執筆中です。
今、全体構成の見直しをしながら、
ロジカルに「カリカリ」に原稿を詰めに行っています。

ここまで長くインタビューしてきたものを、どうまとめたらより伝わるのか?
自分の本とは違う筋肉を使っています。
口から語られて納得することと、
文章として読んで腹落ちすることの違いを痛感しています。

さて、そこで感じたことです。
これって昔話を口述から本にする時に、ぶつかった課題なのかな?と。
グリム兄弟もぶつかった壁なのかも?

多くのビジネス書や自己啓発書で語られていたエッセンスは、
もともと口述で「物語」として語られてきた教訓に起源があると思います。

人間が生きる上での「不安」や「不条理さ」を納得するために
「物語による教訓」や「宗教」という信じるべきものが生まれたのでしょう。

つまり、ビジネス書や自己啓発書自体、
人間が生きるために欠かせないものだ
ということです。
手法が変わって、口述→絵本・書籍・映画→電子書籍・アプリになっているだけです。
そして、以前の手法が廃れるわけではなく、各々のフォーマットが
良さを発揮できる伝える技術を磨いてきた歴史があるだけです。

個人的には、もちろん表面で起こる変化によって
業界でどう浮き沈みが起こるかに興味があります。

しかし、コンテンツ制作者の立場では
表面で起こっていることに、踊らされずに、本質的な価値の部分を
ちゃんと大事にしたものを創っていきたいなぁと思いながら原稿と格闘中です。






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2011/02/20

開店祝いのお花って、リアル「ソーシャル・アド」だよね。

よく見かける芸能人の名前が乱立する開店祝いのお花って、リアル「ソーシャル・アド」ですよね。

ソーシャル・アドで言われているのは、友達が「Like」した広告に、誰がLikeしたという情報を表示することで、クリック率を上げたり、アテンションを集める方法ですよね。そりゃ、どんなキャッチより友達の名前や顔のほうに目がいきますよね。

ということで、この写真です。最近開店する店ってこのパターンが多く感じます。


本当に関係者と知り合いでお花を出しているのか?
それとも、こういった広告商品があるのか? と疑ってしまいます。


芸能人の名前オンパレードです。

・Aランク芸能人は10万円。Bランク芸能人は5万円とかの単品料金表
・セットメニュー(10人、15人×店舗ブランディング)
 F1層向けカジュアルな店舗開店花パック、高級店舗開店花パックなど
 お花セットで50万円とかのセットメニューがあったりして・・・

はたして、これも新しい潮流なのでしょうか?
どこまでがホントだか、わからなくなってきています。。。






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2011/02/17

「人間は環境に最適化する」だから、常に後進のほうが優秀なんだよね。

もともと環境に最適化した結果、我々がいると思っています。
しかし、そのことを忘れて、どんどん進化していく下の世代に
「今どきの若いものは」と言い続けて来ているのも事実です。

さて、2011年という今を考えると、
僕は「デジタルネイティブ」といわれる世代の感覚が
次の常識になることが間違いないと信じています。

特に感じているのが以下2つです

・どのコミュニティでも1つの人格を露出
 家族にも、ビジネス関係のネットワークでも、
 趣味の仲間でも、大学時代の友人にも、全部同じ「顔」を見せる。
 ライフスタイル全部を公開していくことに、やましさがない
 個人の行動、趣味思考もすべて公開することに抵抗がない

・「自己顕示欲」よりも「自己効用感」
 他人と比較して、グレードの高いモノを持っていたい。
 強く見られたい、偉くみられたい、お金持ちに見られたい…
 といった自己顕示欲求があきらかに落ちてきています。
 その代わり、誰かの役に自分が立ちたい…
 自分や周りの人が幸せになるように貢献していきたい…
 という自己効用感を非常に重視してきています

「1つの人格で自分を露出」は世界同時に進んでいきそうな進化で、
後者の「自己効用感」は、日本などの先進衰退国wで
世界に先駆けて起きていく進化だという分析をしています。

下の世代との概念の違いをネガティブに捉えて、嘆くのではなく
ポジティブに進化している人たちだと見ると、多くのヒントが得られます。


先日は「創職」や「露出リテラシー」を実践している
玉置沙由理さんに会って、濃い議論ができました。
来週には、書籍「フェイスブック」を出版したばかりの
イケダハヤトさんと会います。

二人とも、私より一回り下の進化した世代の中の
さらに、炭鉱のカナリアのポジションを務める人たちです。
あれ、ポジティブな表現はファーストペンギンかな?
本当に楽しみです。




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2011/02/16

他人依存の生き方から、自分本位の生き方へ




気持ちよく生きるコツは、「自分本位」に生きること。
ただ、それだけかもしれません。
今年になって、各種方面で活躍されている方と
お会いする機会が非常に多くなっています。

会社でバリバリ活躍されている人もいれば、
自分でプロジェクトを起こしている人や起業している人。
自分の信じることにチャレンジしている人などなど。
なにかしら、自己紹介の時に熱く語ることができる人たちです。

こういった方に会っていて感じたのが、人生の満足度を上げるには
「他人依存」で誰かのせいにしながら生き続けるのか?
「自分本位」に、面白いことをやろうとして生きているのか?

この違いしかないよなぁ、ということ。

そして、僕自身、会いたい人に
自由に会える状態なのも、ひとえに自分本位に
生きているからだよなぁとつくづく実感しました。

ちょっと、わがままに
「自分がこれをやりたいからやっている!」と
思えるものを持っていると、
人生がぐんと楽しくなるんだよなぁ。

すごく当たり前のことなんだけど、
そういう生き方をしている人たちに
立て続けに会うとクラクラします。





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2011/02/13

今の時代に必要なのは「鉄は熱くなるまで打て!」というメッセージ。

正しくは「鉄は熱いうちに打て!」なのですが、中学の時に校長先生が「鉄は熱くなるまで打て!」と激しく言ってたことが未だに印象に残ってます。

この校長先生が黒のチェイサーに乗っていて、短気で熱い方でした。

中体連で勝つために、授業は短縮授業にし、部活の時間を長くする。スポーツ選手を教師として赴任させて徹底的に部活の質の向上はかる。

結果的に、多くの種目が良い成績を納め、スポーツ推薦で高校に行く人も増えました。

ここまでの話を聞いて「私立は、そうやって学校の人気を高めることができるよね」と感じたことと思います。

ですが実は、田舎の町の公立の中学です。

地域含めて、誰も部活最適の方針に誰一人疑問を持っていなかったと思います。

普通、勉強が大事だから。。。とかスポーツが苦手だから。。。などと、そこまでの集中化施作には反対意見が出てるものです。そして、どっち付かずの中庸なところに落ち着きます。

しかし、なぜか誰も疑問を持たずに突き進めたのでしょうか? たぶん、田舎の町では「先生の言うことに間違いはない」という暗黙の認識があったと思います。

それと、地方の公立中学で三年間の間にできる一番の教育は、勉強じゃなく、部活を通しての忍耐力や達成感を養うことだけだと割り切っていたのかもしれません。正しい判断だと思います。

結果的に、僕らは完全に熱くなるまで打たれ、社会に出てから困難な事があっても、比較する基準ができました。
仕事が大変でも、体力的に部活に比べてたらたいしたことないという気持ちになりました。
社会人になって、仕事をしていても怪我するわけじゃないですからね。

世の中いろんなところで、ヴィジョンが見えないとか文句を言う人がいます。一方で、ヴィジョンを示せば保守派からは、チクチクと問題点が指摘されます。で、結局中庸案に落ち着くと、ヴィジョンが見えない。。。

こんなときに、冒頭に書いた「鉄は熱くなるまで打て!」と言い放って、集中した戦略をとった校長先生を思い出しました。

今の時代、「鉄は熱くなるまで打て!」ぐらいのメッセージがちょうどいいのかもしれません。





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