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2013/03/22

「サシ飲み」もしくは「三人以下飲み」のすすめ


最近、意識的に飲み会を二つに分類して、このカテゴリーに当てはまらないものには、できるだけ出ないようにしています。

1:新しい人と出会うor出会わせる飲み会
 人数が多くても可

2:じっくりと話し合う飲み会
 人数は三人まで

「今度じっくり」と言っておきながら、5〜6人集まると、司会進行役をおかない限り、みんなが盛り上がれる話題で時間を過ごしてしまうから。

こう書くと、「飲み会にまで効率を求めてるのかよ」と思われるかもしれないですが、実態は逆です。

じっくりと丁寧に他の人の話を聴く時間を持ちたい。2のカテゴリーである「サシ飲み」もしくは「三人以下飲み」の場を優先したいからなのです。

以前、インタビューのすすめ的なエントリーを書きましたが、その延長線上にある考え方です。

「インタビュー」は、大人のための素晴らしい遊び!

“「インタビュー」は、仕事や飲み会以外で、目的を持って人と会う素晴らしい機会となるからです。"


一方で、自分の周りのすでに知っている人が考えていることを、じっくり聴いたことがなかったということに気がつきました。

そこで、飲み会でじっくりと話ができる3人以下飲みのカテゴリーを作って、意識的に行うようにし始めています。

今のところ、発見が多く、灯台下暗しと感じることが多く、おすすめです!


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2013/03/11

閉塞感のある君へ。こっちへおいでよ。



共著者として執筆に参加した『閉塞感のある君へ。こっちへおいでよ。』が本日届きました。

2010年3月11日の東日本大震災から、ちょうど2周年となる2013年3月11日に。

僕自身が宮城県出身であり、東日本大震災は自分ごとでした。実家も親戚もあるため、生死をわける一瞬の判断や、その後のライフラインが復旧するまでの体験などをたくさん聞きました。

そこで再確認されたのは「田舎特有のコミュニティの大切さ」でした。食料を分け合う、先に水が出たら近所の人とシェアする、一緒に居て話をすることが不安を抑えることに繋がる・・・など。



この『閉塞感のある君へ。こっちへおいでよ。』という不思議なタイトルの本も、悩んでいるのであれば一人で悩むのではなくコミュニティに飛び込んでみることを提言しています。

この本は、湯川鶴章さんのTechWaveコミュニティに集まるメンバーの実体験が集録されています。面白い人の周りには面白い人が集まります。同じコミュニティとして集まる同志からの影響は大きく、自分を引き上げてくれる力があります。

だからこそ、自分が影響を受ける「コミュニティ」を選ぶことがより重要になってきます。それは住む場所も、仕事をする上で所属する所も、一緒に余暇を過ごす仲間にもあてはまります。

閉塞感から脱藩したいなら、“何を”学ぶかも大事だけど、“誰と”学ぶかはもっと大事です(p.252)

震災後、僕らが痛感した「人間の自然に対する無力さ」「自分は、一人では生きられないちっぽけな存在」ということを忘れてはいけません。一方で、行政や国に頼ってばかりではなく、自分たちで生活を良くしていくという覚悟も必要です。その時に力を発揮するのが「コミュニティ」だと信じています。

閉塞感のある君へ。こっちへおいでよ!
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『閉塞感のある君へ。こっちへおいでよ。』

人とつながって情報発信するコミュニティ型生き方の秘訣

はじめに 運のいい人の周りには運のいい人が集まる法則

PART1
<日本の未来は「アジアでビジネス、日本でソーシャル」 湯川鶴章>

 今、日本で起きていることの傾向と対策 梶原健司
 若者よ アジアのウミガメとなれ 加藤順彦ポール
 家族ノマドライフのすすめ 板羽宣人

自分らしく生きる人の裾野が広がってきた
人と人を結びつけることを仕事にした人
高生命エネルギー体になれば、人が引き寄せられるようになる
謙遜しないで褒め言葉を素直に受け取ろう
自分のホントの凄さは自分ではわからない
価値になると思わなかった部分が「オモロさ」になる
無限ループで自分の「オモロさ」を極める
ネットワークでつながった時代は「オモロさ」が武器
「オモロさ」と社会のニーズをつなげる
社会は変わる。自分も変わる。「オモロさ」の合わせ技で行こう
人とのつながりで能力が乗数的に増えていく
忍び寄るネガティブゾーンの罠に「待った!」
意識的に固定概念を外して自分の世界を広げよう
人とのつながりで自分らしい生き方を実現する時代が来ている

PART2
<こっちはこんなに楽しいよ−実践者たちの活躍>
ソーシャル時代のシューカツ。偏差値低くても企業から誘いがきた! 岡俊輔
出馬決意後10日後で当選!ソーシャル選挙顛末記 横田親
21世紀の大国、中国から逃げるな 北野博(仮名)
アジャイル中国生活で見えた「アジアの中の日本人」とは? 高野元
現地語できません。でも、日本からビジネスできました 矢澤修
経済縮小、所得減少は避けられません 谷口賢吾
「評価経済」ってあるんですよ 長津孝輔
何でも手作り。フィンランドに見る日本の未来の可能性 小菅祥之
社会の当たり前から脱藩する!?「脱藩学」 跡部徹

メディアからコミュニティになったTechWave
社会の変化を議論できるパワーあふれる場
1  TechWaveコミュニティとは何なのか?
2 事務局から見たTechWave塾コミュニティ
設定した高額な受講料がフィルターとなり、コミュニティが成功
今後のコミュニティがどうなるかはまだ実験段階

おわりに



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2013/03/06

「中身化する社会」=「自分を作品化する」覚悟が必要な時代

尊敬する編集者である菅付雅信さんの『中身化する社会』を読みました。さらっと、読める新書ですが、深いし面白い!

今僕らが直面している変化の流れについてまとめてあるので、この本を題材にいろいろと議論できる本となっています。



写真は、先週山形に行ったときにもらってきた座椅子を家のリビングに設置したところを撮ったものです。旅館で何十年も使われてきた座椅子が、旅館の廃業に伴って放出されたものです。

縁があって譲り受け、自宅に届いてからワックスで磨き、さらに愛着がわいてきます。良い材料と職人の技術で作られた良質の家具を、こうやって大事に引き継いで行くことが気持ちいいと感じていたところでした。

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中身化する社会」の第1章には、このような「コンフォート」の波の紹介から始まります。


単に「快適」を示すものではなく、衣食住すべてにおいて、「本質的だからこそ心地が良い」ことを意味するものへと変容していると言えるだろうか。(p.18)

もし人々が使い捨ての商品ばかりを求めるなら、僕らの仕事もいつか使い捨てにされることに驚いてはいけない。このサイクルを突破するひとつのやり方は、目を覚まし、品質を求めるようにし、そして、よく仕立てられて長持ちする、意味のある商品を買うことだと思う(p.20)

今は、基本に立ち戻って、人生をシンプルにするべきとき。物事のコアを探るべきときだと思う(p.98)

クオリティのある生活は、そのために仕事をする価値があり、そしてそれこそが人生を満たすものだと、みな思うようになっている(p.104)


そして、コンフォートの波はファッションのカジュアル化にも影響し、「ソーシャルメディア上でその人の考えていることがわかる時代には、もはや見た目だけの重要性は低下する」という個人メディアとの関係性に踏み込んでいきます。

「匿名的、つまり、固有名がないこと。それが服装のことであれ、個人として立とうとしないことは、“アティチュード(心構え)”の問題として、すでにクールではない」(p.188)

情報の洪水のなかで、考えることをやめて激流に身を任せるのか?それとも、その洪水に抗いながら、自ら定めた方向へ泳いでいくのか?(p.160)

情報が氾濫し、生き方が可視化された時代に、クリエイティブな人はどうすれば評価されるのか。評価される人生を送るしかない、(中略)、それはつまり『人生の作品化』です。(p.214)

ネットで生き様が見られている、情報化されている以上、生き方を作品化しないと人々は評価してくれないのです。『人生の作品化』などと言うと美しく響くかもしれませんが、大変な時代が到来したとも言えます。匿名的な裏方でいながらも影響力のある第一線のクリエイターでいるというあり方は、なかなか成立しづらいのです。(p.215)

現在進行系で私が直面している世界のことを代弁してもらっているような感覚になります。やはり、実行者として「自分を作品化」して生き残っていかなくてはならないと、強く認識させられる本です。

「自分を作品化」することは、セルフブランディングとは異なります先ほど紹介した座椅子の職人やデザイナーが世間に胸を張って言える「自分の仕事」を残しているように、自分の仕事や姿勢に「美学」がますます求められるということです。

自分が関わった仕事・作品に自分の名前がついても恥ずかしくないものを、ちゃんと向き合って残していく。それが振り返ってみると「自分を作品化する」ことにつながるのだと思います。

菅付さん、素晴らしい本をありがとうございました。


第一章 ソーシャルメディアが「見栄」を殺す
ブルックリンで体験した「コンフォート」の波
『セックス&ザ・シティ』の女優はコンフォートへ
カジュアルダウン化が進む世界
消費者のラグジュアリー疲労
もはや見た目の第一印象は重要ではない
ファッションはインスタントな言語ではなくなった
ラグジュアリーの魔法が解けた
ラグジュアリー離れは情報の動脈硬化
ネットは見栄を検証する
もはや個人の年収もネットで判断できる
検索が生き方を変える

第二章 ライフスタイルが「競争的」になる
クラフトマンシップの復活
お洒落なレディー・ガガよりもブスなアデルが売れる理由
ネットが生んだ新しい手作りの波
ピクセルの世界では味わえないリアルなものづくり
イメージ産業の衰退
先進国の人々は広告を信じていない
広告ではなく「コミュニケーション」
広告の未来は広告ではない
企業はソーシャルメディアでひとつの人格になる
イメージよりも言葉が強い時代
オーガニックは食を透明化する
健康的なイメージではなく本質の追究
カウチ・サーフィンが旅行を原点に回帰させる
ソーシャルグッドなライフスタイル誌の台頭
『第四の消費』が示す、浪費でない消費
「イメージの競争」から、「本質の競争」へ

第三章 人が、そして社会が「中身化」していく
大衆に「可視化」されるプライバシー
有名人は徹底的に可視化される
ジャスティン・ビーバーのやらせ可視化
オーヴァーシェアする人々
「あなたが誰だか知っている」
ソーシャルな人格を管理する
有無を言わせぬ「中身化」の波
人がネットで採点される
ネットの採点が就職に影響を与える
人生全体を記録するライフログ
与えられた情報だけをむさぼる動物とならないために

第四章 「中身化する社会」を生きる
検索の中で、自分の生き様を見失う
IBMが予測する「評判という資本」
人間の「計画的陳腐化」からの脱出
ソーシャル・キャピタルの広がり
貨幣から評価に価値をおく社会へ
「普通」をやめよう
等身大の自分を情報として共有する
坂口恭平の徹底した中身化の生き方
自分でもわからない領域
ネット社会を「分人」として生きる
21世紀の仕事の大きなシフト
英エコノミスト誌が指摘する「日本というぬるま湯」
人生の作品化、人生のシグネイチャー化
村上春樹が説く「どんな風に生きるか」
コミュニケーションのレベルが一段上がった社会
「豊かさ」の定義が変わる




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2013/02/28

超小型出版/Flipboard元UXデザイナー、クレイグ・モドさんの本への愛情


先週2月20日に、下北沢のB&Bで行われたクレイグ・モドさんと詩人の菅原敏さんによる「出版・新聞・テレビさえも今の姿はあとわずか? O’Reilly Media刊『マニフェスト 本の未来』刊行記念」トークショーに行ってきました。



クレイグ・モドさんと言えば、FlipboardのUXデザインを担当し、最近だと『「超小型」出版−シンプルなツールとシステムを電子出版に−』という文章を発表して話題の人です。




紙にすべき本があるし、紙である必要のない本もある

紙の本から、電子書籍への移行の話かと思っていたら、それ以上に深い話でした。クレイグさんが丁寧にデザインされた日本の書籍をどれほど愛しているのかが伝わってきました。

Flipboard時代に14ヶ月かけてiPhoneアプリをローンチした後に、アプリのコードや仕様書、検討したデザインのプロセスまでを300ページ・5Kgとなる本を自分で作ったそうです。

ローンチパーティで、本をみんなで眺めながら、自分たちが何を成し遂げたのか、この期間に行ったアウトプットを実感できたという話が印象的でした。

人間は、フィジカルなものがないと、実感ができないのかもしれません。少部数であっても「書籍にすべきアウトプット」はありますよね。


ちなみに、この時に使用したサービスはBlurbというプリントオンデマンドサービスだそうです。

一方で、海外のペーパーバックに関しては、紙質は悪いし、デザインもたいしてされていない。そもそも、紙の本は無くなってもいいという話をするときに、日本とアメリカでは指している対象が異なるという話も印象的でした。


だからこそ、電子書籍ではなく「超小型」出版

紙である必要性のあるコンテンツではなく、「超小型」出版という要件を論文でも提示しています。いままでのコンテンツを電子出版にするのではなく、以下のような要件を満たすものを提言しています。



  • 小さな発行サイズ (3〜7記事/号)
  • 小さなファイルサイズ
  • 電子書籍を意識した購読料
  • 流動的な発行スケジュール
  • スクロール(ページ割やページめくりといったページネーションは不要)
  • 明快なナビゲーション
  • HTML(系)ベース
  • ウェブに開かれている

「超小型」出版の成功事例として、the magazineを紹介していました。アップルのNewsstandで配信している月2回発行のウェブマガジンです。

・毎号4〜5記事
・容量も軽く、すぐにダウンロードできる
・購読料は$1.99/月
・アプリ内で完結して読める
・ウェブでは全記事を読むことができる




最後に、イノベーションはスタートアップから起こることを強調していました。

Tokyo Otaku modeは、既存の媒体のようにコンテンツの入れ物を作るところから始めずに、facebookで記事を更新していくことから始め、ファンも集まったのちにやっと自分たちのメディアを持ち始めました。

そういえば、私の周りでもtumblrをベースにしたウェブメディアを始めている人が増えてきました。

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話を聞いているうちに、出版やメディアを作る可能性がより開かれた時代に自分が立ち会えているということに、再びワクワクしてきました。

そもそも何を解決するための情報なのか?UXを含めたデザインは読者のためにどんな形であるべきなのか?

「既存のものから離れて、もう一度、ゼロベースでちゃんと考えたほうがいいよ」というメッセージをもらったように感じました。

やっぱり、面白い時代なんじゃないかなぁ。やりたいコンテンツありきで、コンテナ(容れ物)は後から考える発想で、もうちょっと企みを増やすことにします!


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2013/02/21

修繕中の観光名所を「希少価値」と変えるアート


2011年に体験したことを、ふとこれってアートによって課題解決している事例だったよなぁ、と思い出しました。

世界三大がっかり名所と言われれば言われるほど、観てみたくなるマーライオンが修繕に入ったときの話です。観光名所が修繕に入ると、修繕費用が発生するだけでなく、修繕中には集客が減ってしまうという機会損失も同時に発生してしまいます。

しかし、2011年のシンガポール・ビエンナーレの時に、足場が組まれたマーライオンを利用して、日本人アーティストの西野達さんによって1室だけのホテルが作られました。それが、マーライオンホテルです。


ビエンナーレ期間中という限られた期間ですが、期間中は抽選によって選ばれた当選者が有料でホテルに宿泊することが可能で、昼はアート作品としてマーライオンホテルが一般に無料で公開されるという展示でした。



足場の中には、当然マーライオンの胴体が・・・
中にはホテルなので、バスもあります
エントランス入ってすぐにマーライオンの後頭部が。。。
調度品なども文脈のあるもので構成されていました
もちろん景色も抜群!


この展示によって、修繕期間が逆に貴重な鑑賞タイミングという価値を産み出していました。
・間近でマーライオンの頭部が観ることができる
・マーライオンホテルというアート作品を体験できる
・稀少なタイミングに行ったという記憶が残る
・この期間じゃないと撮影できない写真が撮れる

世界の名所をホテルにするという西野さんのインスタレーションシリーズの一つですが、経済的な価値を提供しながら観光名所という歴史的な文脈も利用できるこの仕組みは改めて素晴らしい発明だと思います。

実際、僕もいつかはシンガポールに行かなくちゃと思っていたものの、明確なきっかけがありませんでした。しかし、このマーライオンホテルの話を聞いて、このタイミングに行かなくちゃ!という理由が生まれて、行動したわけですから。

アートやクリエイティブを、経済的な数値で判断する人へも説明できれば、もっともっと活用の場は拡がるはずです!


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2013/02/15

「インタビュー」は大人のための素晴らしい遊び!



自由大学でやっている脱藩学ですが、無事に第二期が終了しました。脱藩学は5週にわたり、一回1時間半の講義で構成しているのですが、学びの集大成が宿題として講義の時間外にやってもらう「脱藩者へのインタビュー」です。

脱藩学の中でこの宿題を課しているのは、考えてばかりで行動が伴わないとマズイので、「アポを取り、人に会って話を聞き、まとめる」というアクションを組み込みたいかったからです。

実際に、自分で決めた道を歩み始めている人をインタビューしてもらうと、プラスの面だけではなく、苦労している面や悩んでいることも含めて“現実”を知ることができます


さて、前置きが長くなってしまいました。
実は、この脱藩者インタビューですが、受講生が講義が終わった後もハマっており、卒業後も続けるケースが出てきました。

「インタビュー」は、仕事や飲み会以外で、目的を持って人と会う素晴らしい機会となるからです。

■なぜハマるのか?

・インタビューというきっかけで、会いたい人に話を聞ける
・直接会うことで、言葉だけではわからない、人となりを知ることができる
・飲み会ではないので、グダグダにならずに真面目な話ができる
・自分の質問や悩みを相手に直接ぶつけることができる
でも、一番はインタビュイーからインタビュワーに「元気がうつる」からのように感じます。

みどり荘をやっている小柴さんにインタビューしたときの笑顔

株式会社ベビログの板羽さんをインタビューしたときの笑顔

自由大学学長の和泉さん(左)をインタビューしたときもやっぱり笑顔

この写真を見てもらったら、元気がうつるという感じが伝わると思います。テーブルを囲んで、自分の生き方について語り、一緒に笑えるのっていいものです。


インタビューの場合当然のことながら、インタビューを受け手側であるインタビュイーにもメリットがないと成立しません。

今のところ受けて頂いた方に聞いたところ
・「脱藩学」および「脱藩学受講者」に興味があった
・質問者が事前にしっかりと質問を準備していて、真剣さが伝わってきた
話すことで、自分を振り返るきっかけになるから
・自分も同じ立場で悩んでいたことがあったのでお役に立てれば・・・
と協力いただいています。本当にありがたいことです。

今後は、もう少しメリットを感じてもらえるように、脱藩学で行われたインタビューを受講生たちが記事を書いて掲載していく予定です。(今のところ、まだ2つしかアップできていませんが・・・)


なりたい自分になるための「脱藩」Back Packers Japan本間貴裕さん・宮嶌智子さん/空間デザイナー東野唯史さん



自然エネルギーを地産地消できる地域にしたい特定非営利活動法人地域再生機構 副理事長 平野彰秀さん



そんなわけで、自分の人生に主体的に挑戦している大人に、仕事でも飲み会でもなく会いにいける「インタビュー」という作法オススメです

4月10日から始まる脱藩学第三期も募集中です!


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2013/02/07

「ないものねだり」から「あるもの活かし」へ


「ないものねだり」じゃなくて、「あるもの活かし」ができる人はすごく楽しそうに輝いて活動しているなぁ、と感じた出張でした。

遠くにあるものに目標を定めて頑張ることも、もちろん大事ですが、身近にある素敵なものに気づける能力のほうが希少価値になっているように感じます。

世界の最先端のもの・「鉄板」だと言われている方法を追いかけるのではなく、自分たちが独自に持っている素晴らしいものを育てていくことが、結果的に生き残り戦略・差別化戦略になることだってあるのです。

今週も、山形県に伺って、その土地の気質を尊重して、胸を張って地域の魅力を発信することに関わっている方たちに会ってきましたが、すごく輝いていました。

彼らが、「ないものねだり」をするのではなく、「あるもの活かし」ができているのは、一度その土地の外に出て生活していたり、都会のものさしを持つことで、自分たちの地元にあるものを客観的に見る目を持っているからです。

以前、自分の書籍にも「外国人や宇宙人の視点を持つ」ということを書いたことがありましたが、彼らも外の人の目線を持つことで、自分たちの身近にあるものを捉え直し、外の人たちに翻訳することで「あるもの活かし」を行っていました。

「あるもの活かし」は、地域の魅力を発信することだけではありません。自分の未来を考えるとき、会社や組織の今後を考えるときにも当てはまります。

もう一度、自分の身の周りにあるもの・リソースを、「あるもの活かし」の視点で、誇りをもって再評価してみませんか。


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2013/02/03

使命や大義よりも「ほだされる」という自然な動機。



先日聞かれて、ちょっとドキッとしたのが、以下の質問でした。

「どんな使命感で動いているのですか?」

そんなたいそうなことまでは、正直意識していないなぁ。。。

もちろん、今自分がやっていることを大義として、言い換えることはできるけれど、意識していないしなぁ。


大きな組織やブランドでは、このミッションが不可欠です。何を約束して、何を解決しようとしているのか?それは、個人ではなく組織として同じものを提供する必要があるから。

一方、僕のような「法人格=個人」として活動している人にとっては、大義よりも、自分の気持ちを裏切らないほうが結果的に質を担保できると信じています。

そんなに難しい大義ではなく、自分の出会った人や関わったもので、なんとかしなくちゃと意義を感じたことをやる。自分が出会ってしまった素晴らしいもの、お手伝いしたいものに対して、放っておけないという気持ちから自然と動く。

使命というよりも、目の前の人や事象に惚れて、参画したくなるという感覚。「ほだされる」という言葉が一番近いのだと思います。

さて、そんな気持ちで月曜日も朝から山形入りです。自分がほだされたものに、何らかの貢献ができるように楽しんできます。これって、最高に贅沢な仕事の仕方だよなぁ。


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2013/01/25

「量が質に変わる」のは「ものさし」ができて「解像度」が高まるから


輝いて生きている人の、今に至るまでのストーリーを聴けるのは、この上ない喜びです。

昨日も自由大学で「東北復興学」、「東京・日帰り登山ライフ」の教授の大内征さんとじっくり話をする機会が持てました。合計3時間にもわたって。(お互い暇なのかw)

独立して「故郷・地方・地域社会・自然」をテーマにコンテンツ・プロデュースを行っているローカライズ・プロダクションを立ち上げたタイミングでもあり、ちょうどここまでの経緯を振り返るいい時期でした。


インタビュー内容に関しては、今準備している脱藩者インタビューメディアに掲載していくので、ここでは省略します。

ただ、タイトルにした「量が質に変わる」ということについて、インタビューでお話を聞いているうちに、自分の中でしっくりと整理できたことがあるので、ここに書いておきます。

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「量が質に変わる」


小さいころからよく言われた言葉で、ちょっとスポ根的な響がして、あまり好きな言葉ではありませんでした。

質は、あくまで価値で判断されるべきで、そこまでかけた量(つまり時間やコスト、労力)で判断すべきことじゃないよなぁ、と。

しかし、昨日インタビューをしながら、「量が質に変わる」って、質を作るために必要な応用可能な法則をいろいろ省いて説明しているということに今更ながら気がつきました。

省かれているのは、「ものさし」であり、「ものさし」ができることで自分の眼の「解像度」が高くなるというこの流れなんだ、と。

量をこなす
 ↓
自分の中にものさしができる
 ↓
ものさしが増えてくると、良い悪いの違いに気がつける
 ↓
自分が見たものから得る情報の解像度が高まる
 ↓
作るものの質が高まる

この一連の流れを「量が質に変わる」と、課程を省いて説明していたことが、やっと理解できました。

=========================================

大内さんもそうですし、僕もそうだったのですが、経験がまだ少ないころには、自分の中に「ものさし」がないから世の中の常識的なルートが絶対だと信じてしまう。

それが、仕事や失敗などを通して、いろいろな「ものさし」ができてくると、自分が重視していること、嫌なことがはっきりと見えてくる。

そうしているうちに、自分の道・自分の社会的な役割が見つかっていく。


未来が見えなかったり、自分の役割や道がわからないと感じている人は、まだまだ「ものさし」づくりの時期なのかもしれません。見つからないと焦らずに、「量が質に変わる」と思って、体験量を増やすことに注力してみることをオススメします。

関連エントリー:僕が、わざわざ現地視察することで得られる3つの理由


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2013/01/17

両方いることで、僕らはシステムとして最適化している


ネット論壇は、対立構造で盛り上がっている。それぞれの意見がぶつかりあうからこそ、面白い。

とはいえ、個人で何かを選択したり、意志決定しなければならないときには、いつまでもこのような議論に振り回されていても時間の無駄なんだと思う。

だって、議論がおこっているトピックスは、まだ答えが見えない分野だから。

共通のものさしが共有されていない中での議論は不毛だ。「何のために?」「何を望んでいるのか?」が握れていないままに、方法論を議論しても仕方がない。


ノマド論争や働き方、生き方、評価経済についての議論は、まさしくこのような不毛な状態に陥っているように思える。


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社会が不安定であるほど、元気になる種類の人間がいる。僕も、間違いなく、その中の一人だ。

このような人間は、ダーウィンの言う

最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である

という格言を信じているので、現時点の環境への最適化よりも、未来の環境(予想でしかすぎないのだけど)への最適化を優先する。

一方で、現実派の賢い人たちは現時点の社会システムの中で最適化を優先する。見えているものの枠組みで、勝つ方法を考えて論理的に実践している。

未来予測に基づいている人は、人より先に動いてしまうため、現時点での利害関係でみると最適ではない行動をとってしまう。そしてその説明は未来予測に基づいているため、論理的ではない。

現時点での最適な戦略をとっている人はロジカルだ。議論に向いている思考だ。一方で、未来に基づいて動いている人は「青く」見えるし、議論の土台が未来予測だからふわふわしてしまう。

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結局、どっちが正しいのかは、未来にならないとわからない。

未来に基づいて行動した人が生き残るのか?
それとも現時点に最適化した人が生き残るのか?
どちらも生き残るのか?だれも生き残れないのか・・・。

ただ一つわかっていることは、両方必要だということ。
未来予測に基づいて、群れを離れてチャレンジする変わり者が一定数いないと、新しい環境に適応できない。一方で、全員が奇異な行動をとれば種が全滅する可能性がある

そう考えると、未来派と現実派の論争なんて、どうでもよくて、両方いることで僕らはシステムとして最適化しているだけなんじゃないだろうか



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2013/01/09

「お呼ばれ」される人でいることの「ありがたさ」

空気読み一人シンクタンクの跡部です。先日まで忘年会シーズンだと思ったら、すっかり新年会シーズンですね。写真は自由大学の教授・キュレーター新年会。



僕みたいに、一人株式会社をやっている人間にとって、忘年会や新年会・パーティなどクローズドな場に「お呼ばれ」することは、すごくありがたいことです。

クローズドな場に「お呼ばれ」するということは、コミュニティの一員として認めてもらえているわけであり、「あの人、呼んでおいたほうが、場が楽しくなるよね」と思ってもらっている証です。これは嬉しいですよね。

なによりありがたいのは「ハズレのない出会い」です。

コミュニティの一員であり、同じく「あの人は呼んでおかないと!」という幹事のフィルターを経て集まってきた参加者は、間違いなく興味深い人たちです。

共通の繋がりがあり、面白いネタ(知識・スキル)を持った人と出会える環境にいることは、ビジネス面でも重要な競争優位性です。実際、こういうところから、新しい企みや、事業が始まってきています。

=====================================

ちょうど、一年前に「過去の自分の好奇心が、今の自分の武器になっている」というエントリーを書いていました。

この季節になると、過去に自分が作った他人とのつながりが、新しいチャンスを運んできてくれることに感謝の気持ちを抱くようです。

未来の自分に、感謝してもらえるように、「お呼ばれ」する人であり続けるために、今年も頑張ろう!

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twitterは@atobeck

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2013/01/04

神社で体験、クラウドファンディングの原点

今頃ですが、新年あけましておめでとうございます。今年も飄々と、粛々とやっていこうと思っています。

お正月は実家に帰省していたので、仙台の愛宕神社に初詣に行ってきました。お参りするまで約1時間半並びましたが、おかげでゆっくりと神社について考えることが出来ました。

気持ちよくお祈り(というよりお願い)するおもてなし、お財布を開いて奉納したくなる気分の作り方です。普段のお金の使い方とは違う「晴れ晴れ」とした気分にさせてくれます。


神社で体験するクラウドファンディング

今回、私が気持ちよく「財布を開いた」体験を順を追って写真で説明していきますね。

もともとクラウドファンディングの原点はこういった寄付や支援活動だと思いますが、リアルで体験すると、タッチポイント、説明方法など非常に勉強になりました。


クラウドファンディング英語:crowd funding)とは、不特定多数の人が通常インターネット経由で他の人々や組織に財源の提供や協力などを行うことを指す、群衆(crowd)と資金調達(funding)を組み合わせた造語である。[1][2] ソーシャルファンディングとも呼ばれる。[3] クラウドファンディングは防災市民ジャーナリズム、ファンによるアーティストの支援、政治運動、ベンチャー企業への出資 [4] 、映画 [5] 、フリーソフトウェアの開発、発明品の開発、科学研究 [6] などの幅広い活動の支援において利用されている。via.wikipedia


長く続く参道を登って、神門と呼ばれる天狗の像が両側に奉納された門がやっと見えてきます。しかし、今年は例年と違ってブルーシートがかかっています。昨年は市内の民家でもあちこちでこのブルーシートの屋根を見かけました。「もしや、東日本大震災の影響???」



近づいていくと、やはり東日本大震災の影響で、天狗像は修復工事に入っており山門の中は空っぽ。それにあわせて、この山門の屋根のふきかえをするようです。ブルーシート姿を見ると震災後のことを思い出してしまいます。


そこに、この看板。「なるほど、山門の屋根のふきかえには2000円で一枚の銅板瓦を奉納することができるんだ。せっかくだから、初詣ついでに、屋根のふきかえの支援をしようかなぁ。あのブルーシートを見るのは、やっぱり辛いし・・・」



さらに先に進むと、本殿の屋根のふきかえをしたときの銅板奉納者の名前が掲示されていました。「いままでも多くの人の寄付のおかげで神社が維持されてきているんだなぁ」と、ちょっと感慨深くなりました。



本殿で初詣のお参りが終了して、そのまま足は社務所の銅板奉納受付へ。2000円を納めて、自分が奉納する銅板にマジックで住所と名前を書くという単純な仕組みです。それによって「自分が奉納した銅板がこれから数十年、あの山門として活躍するんだ」と誇らしい気分になります。

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偶然かもしれませんが、上記の一連の流れは、神社に訪れる人の流入導線上のタッチポイント・順を追った説得材料がすごくよく設計されていました。こうやってまとめてみると、よくできた情報商材系の縦長のWebページを思い出させられますねw

初詣という一年分のお願いに来たタイミング(都合良すぎるよなぁと薄々感じているのでなおさら・・・)で、自分も神社に協力することができ、誇らしい気分にさせてくれる素晴らしいリアル・クラウドファンディングの取り組みでした。

あらためまして、今年もこのBlogよろしくお願いします。

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2012/12/31

2012年の振り返り:全体編


すっかり大晦日です。そして僕の誕生日でもあるわけです。現在、実家の仙台へ帰省する新幹線の中で、一年の振り返りであるこのエントリーを書き始めています。

昨年2011年末にBlogで振り返っているものを読んでみました。東日本大震災の年でもあり、緊張感や決意といったあのときの空気を今でも思い出せます。

2012年に取り組んできたのは、以下の3つでした。


1:「楽しくたって仕事はできる」という一人株式会社としての働き方

2:有形資産よりも、信頼などの無形資産に価値を置く古くて新しい価値観

3:コミュニティの複数化、経済基盤の分散化、次の社会に必要となるライフスタイルの追求


自分にとって、これから数年、ブレずに追求することになる3つの方向性です。2012年は、この3つの方向に向かって、着々と進んだ一年でした。

2012年に新たに取り組んだ「自由大学 脱藩学」は、1にあたる固定概念に囚われない働き方を伝え、3のコミュニティ形成を自分でやるということをチャンレジする活動でした。

誰かに依存するのではなく、自分で何か仕掛けてやろうと思う人たちが刺激しあえる場を運営することで、化学反応を起こす。そう思って取り組んできました。(もちろん2013年も引き続き、やりますよ!2013年1月10日から開講です。若干名であればまだ間に合いますよ)

そのためには、多くの人間ではなく世の中の3%ぐらいのターゲットに対して深く・濃くコミュニケーションすることで、自分のアウトプットを最大化するということにシフトしてみました。

ある程度、腰を据えて取り組んでみたことで脱藩同士に出会えて、たくさんのわくわく感をもらえた一年でした。労力がかかるけれども、それを上回るリターンがあったと思います。やって良かった!!脱藩学に参加したおかげで、人生の転機となる決断をしたり、新しい人生を歩み出して輝いている仲間から、本当に多くの勇気を僕がもらえました。

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ちなみに、一年前の自分が書いていたことを読んでいて「面白いなぁ」と思ったのが、「急ぎすぎず、自分のペースで、飄々と続けていく」と明言していること。

“僕らしさ”ってここにあると思うので、飄々としながら、大胆な謀反を仕掛けていきたいですね。


“価値観の変化を感じ取り、それにあったライフスタイルを提示する”

来年も、僕のメインテーマであり、知的好奇心の中心です。このblogもそうですし、脱藩学を今僕がやる意味もここにあります。来年新しく仕掛けようとしていることもここにすべて通じています。

なんだか来年の話が多くなってしまっていますが、2012年は2013年に続く仕込みの年という気分なので、こんな感じの振り返りとなってしまいました。

また、来年もこのBlogをよろしくお願いします。

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