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2012/03/05

「生き方のスタンス」が違うと友達になれない? 自己責任派と他人依存派の埋められない溝

※近所のタイ料理屋に掲示してあった黒板。なんでこの4語を選んだのか興味がわきます。彼らも考えてみたら日本に来て、頑張っている。きっと自分で自分の人生を切り開いていっている人たちに違いない


ITによる通信コスト削減と航空券価格下落のおかげで、世界は狭くなり、海外の友人も増え、現地の人と交流しやすくなりました。物理的な距離はそのままでも、精神的な距離感はどんどん縮まっています。


一方で、同じ日本に住んでいたり、カフェで隣になった人であっても、別の種族だと感じ、精神的な距離がすごく離れているように感じることが多くなってきました。


この精神的距離を感じさせる、分水嶺は何なんだろう?と自分なりにずっと考えていました。僕なりの分水嶺は「生き方のスタンス」です。


<生き方のスタンス>
・自分で何とかしようとしている人たち(自己責任派)
・誰かに何とかしてもらおうとしている人たち(他人依存派)


このスタンスの違いによって、まったく異なる惑星から来た人のように、話が合わなくなってしまいます。


例えば、こんな感じです。


他人依存さん:「景気が悪いせいで、給料も下がる一方。仕事も年々きつくなってる。政治家もひどいし、日本はホントどうなっちゃうんだろうね?」


自己責任さん:「社会構造が変わってるんだから、新しいチャンスに挑戦していく必要があるよね。国内だったら、高齢者マーケットの課題解決に取り組んでもいいだろうし。新興国マーケットで、できることもまだまだあるし! はたまた、自分のライフスタイル自体を見直すチャンスかもね。」


他人依存さん:「それって、いままでのやり方も変えなくちゃいけないし。新しいことに取り組むのって、面倒だよ。自分の待遇が良くなる保証もないし。それにうまくいくかわかないからね。そもそも政治家がだらしないから・・・」


自己責任さん:「そんなこといっても、個人でできる対策なり、行動しなくちゃ、良くはならないよね? 政治家に文句言っていても何も変わらないよ。個人でできることは、どんどん試していけば? 年金が不安なら、自分で運用始めるとか。会社が不安なら副業をはじめてみるとか。」


他人依存さん:「お前は、そうやって個人でできることやれば?と軽々しく言うけど、誰が教えてくれるんだよ? 誰も個人で行動する方法とか何も教えてくれないし、そんなことできるのはもともと能力のあるやつだけ。」


自己責任さん:「やろうと思ったら、いくらでも情報取りにいったり、人に話を聞きに行ったりできるよね? きっと次には、時間がないとか言い出すんでしょ。もう、いいよ。お前と話していても埒があかない」


と、完全に敵対してしまって話があわなくなります。
学生時代は仲が良くても、「今」の話をするとこういった状況に陥ることが起こります。そんな場合は、話を「昔話」にして、ノスタルジーを満喫したほうが精神衛生上いいです。


前者の「自分で何とかしようとしている人たち」は、与えられた条件は所与として、改善したり、チャンスを捉えて挑戦していこうとします。全体とか確率とかよりも、より具体的な話やノウハウに興味を持ちます。


一方で、後者の「誰かに何とかしてもらおうとしている人たち」は、自分がやらない理由を探しながら、誰かがなんとかすべきだと考えています。与えられた条件に文句を言ったり、こだわることに時間を使っています。そして、一番困るのが、自分で何とかしようと行動する人の足を引っ張って引きずりおろそうとする人もいます。


個人的に面白いなぁ、と思うのは「新興国」に対する反応です。後者の人たちは、マクロデータ(国)やネガティブニュース(事件・事故)に反応します。前者の人たちは、ミクロデータ(都市や産業)やポジティブニュース(うまく行っている事例)に注目して調べます。


きっと、人生を楽しむコツって、「自分で何とかしようとする」ってことに尽きると思うのですよ。そして、自己責任派は、同じスタンスの仲間であれば、手を貸したり、知見を共有することをいとわないでしょう。


僕も同じで、自分が相談にのれることであれば、協力することが嫌いじゃありません。せっかくなんで、誰かに依存せずに、楽しんでやりましょう。



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「これまじ!」に登場させていただきました。


「これまじ!」これ買ってまじ良かったよ!にゲスト出演しました。


同志である大阪のベビログ板羽さんのメディアです。モノを紹介するときに、使っている人が想いを込めて紹介する。なぜその人が、そのモノをオススメするかで、その人となりが見えてくるメディアです。


詳細は、板羽さんに書いて頂いたインタビュー記事を読んでみてくださいね。


最後に自分の本を紹介するときに、自分が発した言葉を自分で引用しておきます。肝に銘じますw


「どれもそのタイミングで僕がメッセージしたいことであり根底には一つの共通した流れがあります。僕は仕事も人生ももっと愉しんでいいもので、そうなることがより素敵な社会になる方法だ!ということです。そして、そのために自分ができることをコツコツと提示していこうと思っています!」



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2012/02/27

ノマド論に対して、会社員とフリーが対立することの不毛さ。




ここのところ、ネット上で「ノマド」を巡っていろいろと対立が繰り返されています。ノマド=フリーで事務所を持たずに仕事をする人という、間違った認知が広がってしまっていることが原因だと個人的には思っています。


だいたい以下のような論点です。
・結局うまくやっているのは、高学歴で会社でもうまくやれたヤツじゃないか?
・ノマドになってみたけど、食っていくのは大変じゃないか!
・コミュニケーションが高くないとやっていけない
・若い世代を、ノマドに憬れさせても、勘違いしてやっていけない人を作るだけ


自分自身が、企業とプロジェクト契約を結んで仕事をしているノマドの一人として、上の議論はまったくその通りだと思っています。ノマドを批判する人たちが言っていることは、その通りです。


会社員でもフリーでも、現代の日本で働く人にとって、共通の不安があるからこそ、「ノマド」議論がより攻撃的なやりとりになってしまっています。ノマドが議論の焦点になるべきではないのです。共通の不安への対応策が議論の焦点になるべきです。


その共通の不安とは何か?
新興国から押し寄せるコモディティ化した仕事を低単価で担う労働力です。
会社員であっても、フリーであっても自分がやっている仕事が、定型化できるものであればあるほど、安く請け負ってくれる(新興国の人たちにとっては満足な単価で)人たちが後ろに控えているのです。


そこに対して、今の生活レベルを維持したいのであればやるべきことは、以下の二つです。
1:経済成長する新興国をターゲットにしたビジネスで起業する
2:新興国の人たちでは代替できない仕事ができるプロフェッショナル・クリエイティブ人材になる


今の「ノマド」に胸騒ぎを覚えている人たちでいえば、「2」の部分について、本気で考えなくちゃいけないのです。
・会社員であれば、代替化されない特技の掛け合わせとして「市場価値の高い」人材になるために経験を積む
・フリーであれば、代替化されるような単純なアウトソーシングプレーヤーになるのではなく、付加価値の高い「時間単価の高い」人材になるために努力をする


上のノマド批判で出ていた「高学歴で会社でもうまくやれたヤツじゃないか?」ですが、この人たちは、自分の価値を高めることを考えると、会社で得られる機会よりも、フリーになって「場数」や「経験」を積むことを選択した人たちだからだと思います。


会社員でも、付加価値の高い仕事や、経験を積んでいる人たちは、このような不安を感じずに自分の市場価値を高めていけます。(もちろん、高める方向が、今の社会に最適化されていて、近未来において価値がなくなるものであれば危機感を高めないとマズイです)


もちろん、現在の給与水準や生活レベルが恵まれていただけと割り切って
3:恵まれた日本の給与レベルを捨てて、より低コストな自由な暮らしを選ぶ
という選択肢も大ありです! しかし、このノマド批判は時折、この3番目である給与水準を下げて、自由を選んだ人にも矛先が向いています。




くしくも、ジャック・アタリが著書「21世紀の歴史」の中で、超ノマド(ハイパーノマド)とバーチャルノマド、下層ノマドという分類をしていました。


超ノマド:世界で通用するエリートビジネスマン、学者、クリエイティブクラス(芸術家、アーティスト、スポーツマン)
バーチャルノマド:インターネットや携帯電話などで交信するバーチャルな人たち
下層ノマド:生きるために移動を強いられる人たち




超ノマドを目指している人たちは、常に自分がコモディティ化しないように努力を続けています。タフな世界です。


ノマド批判に時間を使う前に、この1〜3の選択について、自分がどれを選択していくのかを考えましょう。やみくもにスタイルだけマネしても、壁にぶつかってしまいます。


スタイルに憧れるのであれば、本気で自分を鍛えるための分野を決めて、機会を得るための行動を取ったほうがいいと思います。機会を得るためには、会社に属して修行することも、丁稚奉公するでも、ボランティアで経験を積むでもいいでしょう。


繰り返しますが、今までの生活水準が恵まれていただけと割り切って、今後どうしたいか考えて、それぞれ行動しましょう!これは悲観的なことではなく、新しいライフスタイルについて考えるチャンスなんだと思いますよ。





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2012/02/20

西安で考えた「この時代の日本だからこそ得られるハイブリッドな生き方の恩恵」


先週、中国の西安に出張してきました。いろいろ方にお会いし、現地の物価やショッピングモールや百貨店から、一般庶民が愛用するお店まで視察してきました。


マクロ的な数字や、統計データをいくら集めても、現地での実感値がないと読み取れないからです。何より重要な現地の人の行動原理や、今の気分がずいぶんとインプットできました。おかげで、僕自身もかなりのエネルギーをもらえたようです。


■なぜ西安だったのか?


検索したらちょうどよく、こんな記事が出てきました。説明代わりに紹介します。


  習近平時代への期待 後ろ盾で「西安」へ巨大投資



たしかに西安への投資はすでに巨大なスケールになっている。空の玄関である西安咸陽国際空港は年間の利用旅客数が1500万人、貨物取扱量が16万トン、飛行機の離着陸回数は16万回で、これらの年間増加率はすべて2桁増を誇る。
現在は100億元(約1200億円)を超える予算の下、第3ターミナルが建設中で既存のターミナルの4倍規模。完成すれば中国の三大空港の一つとなろう。
鉄道関連では現在改修工事中の西安北駅も西安駅の3倍以上の規模で東洋全体でも有数の広さだ。地下鉄の建設も急ピッチに進められている。実は私も西安にある西北工業大学での集中講義のため今月に2週間、西安を訪問する。C自慢の西安の大発展の様子を直接見ることを今から楽しみにしている。



写真がその新幹線の駅です。しかし、写真中央に見える薄緑の部分は壁ではなく、ただの間仕切りです。つまりあと半分同じスペースがあるのですがまだ使われていませんw


まさしく西安は急ピッチで成長中でした。新幹線の駅に行ってみたら、国際空港並の巨大さ。それでも、まだ動いている路線は少なく駅の半分しか使っていません。市庁舎も北側に移転し、領事館街が新しく建設中で、いままでの中心街から離れた場所でも、都市計画ががんがん進んでいました。






上の写真は西安の中心部ですが、城壁の中は歴史的な建造物や街並みを重視した観光都市・古都長安として計画的にデザインされています。夜になると古い建造物はライトアップまでされます。(明の時代に復元された物らしいですが、十分古い!)


もちろん物価も高くなってきていますが、それにもまして都市が発展し、住んでいる人たちが経済発展の恩恵を受けているタイミングです。多くの人が自分で、チャンスを掴もうと躍起になっている時期です。


日本にいると中国の経済成長は踊り場というトーンのネガティブなニュースを目にしますが、あんなに広くて内陸と沿岸部の格差がまだまだある中国を一つでくくれるわけがありません。そのため、内陸都市で今から成長していく西安を実際に見ておきたかったのです。

■あの時代の落ちこぼれが活き活き活躍できる社会


現地の方のお宅で、西安家庭料理をいただきました。とはいっても、束縛されずに自由に動きたいからと、家事も育児もいとこにアウトソーシングしていました


お世話になった現地の方が、言っていたことですごく印象的だったことがあります。


「このタイミングの中国に生まれて、良かったねぇ」と。
てっきり経済発展のことを言っているのかと最初は思ったのですが、もっと深い意味がありました。


小さい頃は、中国が世界で一番良い場所と信じさせられていたそうです。しかし観光都市である西安には海外からも外国人がやってきて、彼らの持っている物やプレゼントしてくれる物を見て、もっと世界を知りたいと思ったそうです。


そういう考えを持っていたので、小学校では落ちこぼれで、お前の思想はおかしいと指摘されていたそうです。しかし、小さい頃落ちこぼれだった人物が、外国語を学び、海外に留学し、今では西安に戻って、チャンスを見つけて活き活きとビジネスを楽しんでやっています。


一つの主義に染まらなくても、チャンスを得られる社会になったから、「このタイミングで良かった」と考えていたのです。さらには「何かに所属するのではなく、こうやって自由に仕事できているのはいいね!」と。なにより束縛が嫌いと言い切ってました。


もちろん、先進的な考え方をしている一個人の例かもしれませんが、僕と価値観が近しいので、話も盛り上がるし、心の距離がすごく近くなります。最近は、国ではなく、価値観の違いのほうが大きな隔たりに感じてきます。


■「ハイブリッド」に生きられる喜び

今回の西安出張でも再認識したのですが、僕らは「ハイブリッド」に生きられる恵まれた環境にあります。


一つは先進国の中で、少子高齢化・長引くゼロ成長という国で変わっていく価値観を目の当たりにしながら、新しい「生き方」を生み出す環境に自分を置けるのです。僕自身、個人が主役となる時代の生き方のロールモデルを生み出すために、日々楽しく格闘中です。


もう一つは、自分たちが属するアジア圏がこれからまだまだ成長していく中で、自分たちの持っている知見や技術・センスを活かしてビジネスができる。今からチャンスのある新興国に行くと、ビジネスチャンスは本当にたくさんあります。ただし、決まっていないことやどうなるかわからないことが多いので、日本的な合議スタイルではなく、意志決定権を自分が持って柔軟に動ける環境であれば、多くのメリットが得られるでしょう。


この二つの環境を両方楽しめるのが、ハイブリッドに生きられる僕らの特権だと思っています。


こうやって他国の個人とも価値観で繋がって、個人同士がチームを組んで機会をものにしていける素晴らしい環境を手に入れられます。


僕も「このタイミングの日本に生まれて、良かったねぇ」と思っています。


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2012/02/13

人間が生存していくために「イケてる・イケてない」の感覚が存在する

写真は梅棹忠夫展で撮影したメッセージ「未来のことをかんがえる場合、いわゆる初期微動に敏感でなければいけません。」

時代によって、「カッコいい」という感覚、「ダサい」と感じるものは移り変わっていきます。環境に適応する種が生き残るといわれているように、この「イケてる」「イケてない」の感覚は、生存するために社会を調整していくための機能なのかもしれません。


今「イケてる」もの
・持たない生活/身軽な生活
・家族や親戚など仕事以外にも貢献する生活
・多様な価値観を理解しながらも、自分の軸を主張できる人
・一つの組織に依存しない自由を持っている人


今「イケてない」もの
・成金もしくは、燃費の悪い金銭感覚で成り立つ生活
・仕事ばかりで、家族や地域をないがしろにする生活
自分の生きてきたルールのヒエラルキーを他人に押しつける人
・給与をもらっている組織に縛られて、自分の気持ちに嘘をつき続けなければならない人


と、書いてみると今「イケてない」ものは、一昔前に「イケてる」とみんなが憬れたものです。そして、今アジアの新興国に行くと、日本で「イケてない」と感じていたものが「イケてる」ものになります。


あくまで上記の分類は、僕の感覚ですが、やはり自分が置かれている環境でこの「イケてる」「イケてない」の感覚は作られてくると思います。


経済成長が続く環境に置かれれば、その中で最適化するように自分の感覚がスイッチします。そして、今のように先行きが不透明なままだと思えば、生き残るために、節制することが「イケてる」というふうにして適応していきます。


上で書いた分類は、ロスジェネ世代の僕の感覚ですが、下の世代も同じような感覚を持つでしょうし、上の世代になればなるほど異なってくると思います。それと、環境には個人差もありますから、世代論だけでは語れない部分が出てきます。


この美的感覚が、社会を変えていく原動力になっているように思えてなりません。そういう意味では、ファッションやデザインなどの「イケてる」という方向性が未来を示唆してくれています。


パタゴニアがブラックフライデーにやった「Don't buy this jacket」キャンペーンもイケてる感覚の支持者だし、地元を盛り上げるためにデザイナーやアーティストが仕掛け(大学時代からの友人で、一緒によくチーム組んでいるデザイン事務所)ているのもイケてる感覚の実践者だと思っています。


これで、やっと上の写真の梅棹先生の言葉「未来のことをかんがえる場合、いわゆる初期微動に敏感でなければいけません。」に繋がりました。


みなさん、いかがでしょう?



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2012/02/06

「自分だけ得するから、与えることで自分も得する」。ゼロ・サムからポジティブ・サムゲームへのルールチェンジ

via  http://www.flickr.com/photos/wendycopley/2450509351/





■自分の評価・影響力のお裾分けで、貢献できる喜び


先日、Techwaveコミュニティのカジケンがblogを開設し、1記事目を投稿したところ、同日中に1万PVを軽く超えてしまいました。


内容が「今日本で起きていることの傾向と対策。」という多くの人が危機感を抱いていることを俯瞰的に整理して、自分のポジションがどこなのか理解できるという優れた記事であるという要因が大きいのですが、いかんせんBlog開設して一番最初の記事ですからコンテンツ力だけでは、すぐに注目を浴びることは難しいはずです。


数人で分析したところ、やはり最初はFacebookの知人経由で広まっていき、ここの時点で影響力のある個人が多かったため、そのフォロワーに響き、はてブがどんどんついて、いろいろなところで露出されるようになったようです。


この詳細を書きたかったわけではなく、友人がBlogを開設し、そのことを祝ってみんなで記事をオススメしあったときの感覚に何かすごく大きなヒントがある気がして、ずっと自分の中で引っかかっていました。


自分たちの影響力や評価を使って、友人が書いた素晴らしい記事を、自分のフォロワーに対してオススメすることで、評価のお裾分けをする感覚です。


そして、いろいろな人に取り上げられ、紹介されていき、記事が波紋のように広がっていくのを見ていて、自分のことのように嬉しく感じました。


■ポジションが有限で他人を引き上げたがらない、会社組織との違い


では、なぜ会社などの組織では、評価のお裾分けがはたらかないのでしょうか?


それはポジションが有限だからでしょう。


成長している会社・伸長している業界であれば、ポジションが有限だとは感じません。日本の多くの産業のように既存の基盤を守ることに注力している組織では、中にいる人は、どうしてもポジションは有限だと危機感を募らせてしまいます。


頑張っている誰かを応援して押し上げると、自分の敵になってしまう。そういうルールがはたらいてしまいます。


会社に所属する一人一人の個人は良い人なんだけど、会社という器自体がゼロサムゲームになっているため、素晴らしい取り組みをしている個人の足を引っ張り合うような雰囲気が醸成されてしまうのです。




■自分だけ得するルールから、与えることで自分も得するルールへ

資本主義経済から評価経済社会への変化で一番大きな感覚の違いは、ゼロ・サムゲームから、ポジティブ・サムゲームへのルールチェンジなのかもしれません。

そもそも資本主義経済は、有限の物を奪い合うゲームです。アメリカ$は基軸通貨なので紙幣をいくらでも刷れるという話もありますが、通貨価値は相対的に弱くなります。食料も資源もすべては限られているので、このような富を蓄積した人がゲームの勝者でした。

限られた物をめぐって争っているので、戦いに勝って手に入れた物を蓄積しているのが勝ち組で、多くのものを持っていない人が負け組という定義が生まれてしまいました。

一方で、「評価」は相対的にたくさん持っている人と少ない人の違いはありますが、有限ではありません。誰かに評価を与えたから、自分の評価が減るものではありません。


その分、内容が良くないものをオススメすることで、自分の持っている評価を落とすことになったり、素晴らしい物をオススメすることで感謝され、自分の評価を上げることができます。




私は、このポジティブ・サムゲームに未来をすごく感じます。


昨年311の東日本大震災後に、みんなが「自分ができることは?」と行動を起こしていたときの感覚って、このポジティブ・サムゲームでした。奪い合うのではなく、自分ができることを助けあうという気持ちです。


あの時期、間違いなく次の時代の社会ルールが体験できる不思議な期間だったのではないでしょうか?


みなさんも、ポジティブ・サムゲームによって、嬉しかった経験ありませんか?


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2012/01/30

評価経済時代のリーダーのあり方が橋下徹市長なわけ。

先週木曜日、岡田斗司夫さんとTechWave塾OBの公開討論会に参加してきました。議題は「評価経済社会」で、事前に岡田さんの本を読んだ上で質疑応答のみ2時間ぶっ飛ばしの会でした。





非常に刺激的な議論ができ、理解が深まったお陰で、次なる疑問もいろいろと生まれてきました。blogに書くには、多岐に渡りすぎるので、その中で話されたことから、1つだけピックアップして自分の考えを展開しておきます。


視点1:評価経済時代の政治家像=橋下徹市長(以下、岡田さんのコメント※湯川さんの講義メモより)
評価が上がれば、影響力を持つことができる。これまでは資金力などでしか影響力を行使できなかったのが、知名度や評価などの人気投票に近いもののほうが影響力を行使できるようになってきた。 
   橋下徹さんは、大阪府知事から市長になったのはおもしろい動き。普通なら府知事の次は国政を狙う。でも橋下さんは、評価を高めるほうが影響力を持つということを理解している。橋下さんは、絶対に負けないようにしている。負けないためには、勝てる戦場でしか戦わない。なので府知事から市長になった。そこで集まった評価をレバレッジして国政すら動かせることができる、というのが橋下さんの読みだと思う。読みとしてはすごく正しいと思う。 
 ほかの政治家は、政治を評価経済的に考えずに、だれにどのような得をさせるのかを考えている。貨幣経済的に考えている。こんな状態だからほかの政治家は橋下さんには勝てない。


つまり、評価を集めることで、全員のコンセンサスを取ることに時間をかけるのではなく(そもそも確実に答えがあるわけじゃないからコンセンサスなんかとれっこない)、実験をするチャンスを獲得できる。そして、うまく行けばまた次のチャンスを得ることができるということです。確かに、もはや最大公約数を見つけてシステムを作る時代ではなく、新しい仕組みを見つけていく時代には、政治家も評価経済型でなければ、対応できない気がします。


視点2:今の政治に「リーンスタートアップ」を応用する橋下市長
いつもマニラから鋭い視点でblogを書いている所長さんのエントリーより
橋下市長に「ついてゆけない」ひとたち。


ビジネス脳がないと、橋下市長の行動則はたぶん理解しにくいのではないのか。ビジネスをやってる人間からすると、橋下市長のやってることは至ってふつーのことだ。
・カスタマーへフォーカスする。・細部をつめないで前にすすめる。・やりながら最適化する。・手法に執着しない。・状況は変化してあたりまえ。・言ってることも変化してあたりまえ。・やってることも変化してあたりまえ。・目標達成の最短行動をえらぶ。・ぜんぶをコンセンサスとる必要はない。・決定してから手法をかんがえる。
たしかに、こう表現されると「リーンスタートアップ」です。先日のMITメディアラボ所長の伊藤穣一さんの講演でも以下のように話していました。(日本経済新聞より引用


「BI(Before Internet)の世界では“権威”と呼ばれる組織や人が分厚い仕様書を作り、その後サービスを開発していたが、AI(After Internet)では世界はフラットになり誰でもサービス開発に参加できるようになった」と時代の変化を語り、AI時代には「アジャイル(俊敏)で、アドホック(その都度の対応)な方が勝利を収める」とした。 
 その背景には、サービスを作り、配信し、コラボレーションするためのコストが圧倒的に小さくなったことがある。伊藤氏は、著名人の言葉を引用しながら、「小さいパーツが緩やかにつながる」「モノをあまり持たない」「ざっくりとした合意の上で、動いていくものを見ながら軌道修正する」のがよいとした。これらは、いずれもLean Startupの基本的な考え方になっている。 
 さらに、大企業はビジネスを始める際に事業全体の“地図”を作製、それを俯瞰(ふかん)してリスクを回避しようとするが、「そのコストと時間が惜しい」と指摘する。「社内で会議をしている間に、やってしまった方が安く済んでしまうことがある」(伊藤氏)。


で、再び所長さん(マニラのほうです。メディアラボの伊藤穣一さんではなく)は、以下のように「ついてゆけないひとたち」を表現しています。
反対派は橋下市長の目標値の設定よりもプロセスがどうしても気になるらしく、しきりに「言ったこととちがう!」と唱える。ビジネス脳がない彼らは「先に決定がくる手法」についてゆけないのだ。
薬師院やら香山リカやらの「ついてゆけないひと」は、少数を切り捨てる勇気をもてないかわいそうなひとだ。少数を切り捨てるというだけでおそらく「大問題」になるのだろう。結果、多数の最適化がとれないことになっても、それ自体にも不満をもつのでおんなじだ。これが日本の縮図で、けっきょく、「ついてゆけないひと」というのは「決定できないひと」のことなんだ。決定するための判断軸が多すぎて、しぼりこめないのだ。だから、決定するひとが現れると、「保証」を要求する。「保証」がないと前に進めない人間なんだ。橋下市長があたらしいことを打ち出すだけで恐怖し安全かどうか担保をしろという彼らこそ「モンスター」にちがいない。 
まさしく、そうなんですよね。決定する人が現れると「保証」を要求するけれど、今の時代に「保証」を示せるわけがない。そこで、視点1で書いたように「評価」を「保証」として実験を行なう必要があるのです。政治家に求められるのは、自分の持っている評価をチャンスとして投資して、試すべき仕組みの実験を行うことなのでしょう。


橋下市長の動きは、評価社会経済へ移行する中で、いろいろなことを示唆しています。政治で起こる前に「企業」内でも、この動きは始まっています。リーンスタートアップ的にプロジェクトを進めるためには、プロジェクトリーダーが今まで獲得した評価をテコに、「アイツが実験しながらやっているなら任せてみるか!」と信託をもらうほかありません。


明確な答えが見えない時代の「リーンスタートアップ」と、決定するのに保証がない時代のリーダーシップのヒントが「評価経済」にありそうな件。僕には、ものすごくつながっているように感じてなりません。


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2012/01/24

過去の自分の好奇心が、今の自分の武器になっている

「一人株式会社」という自分にとって働きやすい環境で、生計を立てられているのは、過去の自分がその都度仕入れをしてきたおかげだなぁと、ふと感謝することがあります。

先日も、そのことをtwitterでつぶやきました。

過去の好奇心の動きが、自分の知識の蓄積、実践経験になり、今僕を食べさせてくれている。そう考えると、自分の好奇心の源泉がなんなのかって、すごくすごく重要なことなんだろうな。
痛感するのは、今までの人生で自分の好奇心がやってきたことすべてが、自分個人をラベリングするときの「引っ掛かり」になってくれるということです。まさしく、スティーブ・ジョブズのコネクティング・ザ・ドッツの話です。




過去の自分の好奇心が重要だと思うのは、以下の3つになります。

1:自分の得意分野という「のれん」を掲げることで、知識と経験の集積が起きる
・その都度、目の前の課題に好奇心いっぱいに取り組むことが、未来に活きる

私の場合、得意分野が、メディアを活用した新規事業立ち上げのお手伝いという非常にニッチな分野に絞っているため、クライアントの業種や扱う分野はプロジェクトごとにバラバラです。


しかし、このニッチな分野の経験が蓄積していくことで、他のプロジェクトで起こったことに置き換えたり、共通項や異なっている部分を発見したりということが、どんどんやりやすくなっていきます。自分が過去にどっぷりと、その都度取り組んだことによって、そのジャンルにおける相場観やツボなどを獲得できているからこそ楽になっていくのでしょう。




2:仕事と直接には関係ない分野で、個人として好奇心を持ってやっていることの掛け合わせが活きる

小さな会社や個人において、声がかかるのはたいてい人づてです。相談された人が、「だったらこんな人がいるよ」と紹介してくれたことがスタートになることが多くなります。


さらに、「デザインや建築、音楽好きだしね…」という個人的趣味の掛け合わせ、もしくは、「この分野の書籍書いてるよ…」「blogでこういうテーマ書いてたよ…」という過去のアウトプットが組み合わせになることもよくあります。


3:企業に勤めていた時代の掛け合わせ


過去に、企業で自分が担当していた分野ややってきたジャンルなどは武器になります。だからこそ、企業に勤めている頃から、目の前にある仕事に積極的に取組む好奇心は重要です。その分野に詳しく慣れるチャンスがあるし、あなたの売りになるのですから。




僕の場合は、上記3つでしたが、人によってバリエーションはいろいろあると思います。実家でやっている職業が武器になるかもしれませんし、海外のとある都市にあるネットワークが武器になる場合もあります。アルバイトでやっていた分野が売りになるかもしれません。


今やっていることに夢中になる好奇心と、その蓄積が今の自分の武器です。日々過去の自分の好奇心に感謝して、未来の自分のために、今の好奇心に従っていくことにします。


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2012/01/18

ノウハウやテクニックよりも、歴史を学び自分と向き合うことに惹かれる時代


時代の変わり目には、時代が進んで行く方向や文脈を読むことが重要になってきます。

以前から書いていますが、公文先生が提唱しているように威の時代(国家)→富の時代(企業)→智の時代(智民)と大きく競争ルールと主役(ヴィークル)が移り変わっていっています。今は、まさに富の時代から智の時代への移り変わり始める混沌とした時期です。

このようなタイミングでは、既存の仕組みの中での最適化よりも、前回の時代の変わり目にどんなことが起こり、どうやって対処してきたのか?過去に起こったことを学ぶことで、今後自分たちに起こることを予測することを思考するようになります。

それが今、知的な生活をしている人の興味が、ノウハウやテクニックから、歴史へ動いている理由です。

まさしく、このblogエントリーは、この変化を的確に表現しています。

一方で、知的層ではない多くのフォロワー層に対しては、まるでローマ帝国末期の「パンとサーカス」が行われているようにも感じてしまいます。テレビを見ると、空元気のような、気持ち悪いほどテンションの高いトーンは、逆に不安を覚えてしまいます。

だからこそ、一度目や耳から入ってくる刺激を消して、歴史から学び、自分の頭と心で考えて、今後どうしていくのかを考えるタイミングなんでしょうね。

この流れだと、瞑想とか流行っちゃうのかなぁw


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2012/01/11

大切にしている価値観と自分の生き方がイコールになっていないと、Facebookではツライ




僕がソーシャルメディアが大好きなのは、「自分が外に向けて、主張していたり、提案していることと、自分の生き方がイコールになってないと気持ち悪い」ってことにみんなが自然と気がつける仕組みだから。


ということを、twitterにふと思いついて流しました。よく考えてみたら、実名×リアルな人間関係をベースとしているFacebook上で一番、この仕組が働きますよね。


自分の生き方と、大事にしている価値観がずれていると居心地わるいということに気がつかせてくれるというのは、ものすごくありがたい仕組みです。


「自分らしく生きなさい」とか、「自分が信じるように生きろ」とか抽象的な提言をされるよりも、「Facebookに向かって、自分の大切にしている価値観を表明しよう」ということのほうが、よっぽど実践的なアドバイスです


ソーシャルメディア上で、大事にしたい価値観と、自分がやっていることのGAPに気がつく。違和感を感じる。これではダメだと思うからこそ、大切にしたい価値観と自分のやっていることを一致させようともがき始めます。


この力が働くことで、いままでは「仕方がない」と我慢していたことでも、見直さずにはいられないと思い始めるきっかけになるでしょう。




ときどき、ソーシャルメディア上でネガティブなことばかりを発信したり、他人や他社の悪口を発信している人を見かけますが、ポジティブに自分の価値観ややりたいことを発信して、共感してくれる仲間を集めたり、今の自分とのGAPをさらしていくほうが得るものが多いと思いますよ。


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2012/01/06

今の時代に求められるキャラクターって「仙台四郎」だ。

「愚直で、まじめに、みんなに好かれて、その人がいると周囲が幸せになる」というのが、ソーシャルメディア時代に求められるキャラクターだとすると、すでに仙台では商売の神様として奉られていたことを思い出しました。


商売繁盛の神様である「仙台四郎」です。実在した人物です。以下、説明の引用です。引用元はこちら


仙台四郎は明治時代に実在した人物で、この四郎さんが立ち寄る店が皆繁盛した事から、「福の神」と言われるようになりました。(上の写真はとても幸せそうな笑顔をしていますが、30歳頃の写真といわれています)
仙台四郎は本名を芳賀四郎といい、江戸末期に鉄砲職人の家庭に4番目の子として生まれました。生家は裕福だったのですが、いわゆる「智恵おくれ」だったため「しろばか(四郎馬鹿)」と呼ばれていたそうです。
しかし、生まれつき智恵おくれだったわけではなく、7歳の頃に川(広瀬川)に落ちて流され、意識不明になった時から知能の発達が遅れたようです。
その後四郎さんは街を徘徊するようになり、箒(ほうき)が立てかけてれば、勝手に店の前を掃いたり、店先にひしゃくを入れたままの水おけがあれば、これまた勝手に水をまく。といった行動をとったようです。
やがて四郎さんが掃除した店は繁盛すると噂されるようになり、「福の神」と呼ばれるようになるわけですが、実際に四郎さんが立ち寄った店は客が入るようになったそうです。
四郎さんが「福の神」と噂されるようになると、わざと店の前に箒(ほうき)を立てかけたり水おけを置き、四郎さんを招き入れようとする店が増えたそうですが、そのような下心のある店には寄りつかなかったそうです。
四郎さんの知能がどれほど遅れていたのかは不明ですが、どうやら、直感的に自分を本当に歓迎してくれる店とそうでない店を見分けていたようです。そして、歓迎してくれる店が繁盛したということらしいです。


いまでは、仙台の商店ではどこでも仙台四郎の写真を商売繁盛のために飾ってあります。


顧客に愛される会社のソーシャル戦略」で、ソーシャルメディアによって、人と人が向き合う商売の原点に回帰するということを書きましたが、もうすぐこの本で書いてあることが当たり前になる時代がやってきます。仙台四郎キャラが求められるということも、古くて新しい未来がやってきていることの証拠でしょう。


今後、仙台四郎のような愚直で真摯だからこそ、愛されるキャラクターがたくさん産まれてくるでしょう。そして、その先にはお金儲けや自分の利益を優先しないほうが、結果的にメリットが多く集まるようなシステムも構築されてくると思っています。(きっと今は多くの人にとって、きれいごとのように聞こえると思いますが、そのほうがメリットがある社会と言い換えると理解してもらいやすいのかもしれません)


■蛇足
顧客に愛される会社のソーシャル戦略でもらった嬉しい写真を紹介します。




1:ジョブズ本の隣に陳列されている写真(メンバーズの原さんより)

すごく光栄です。アップルチルドレンとして、今後も頑張っていきます!

2:付箋がたくさん貼られた写真(読者の方が送ってくださいました)




読んでいただき、共感いただいてメールをいただきました。著者にとって付箋付きの写真ほどうれしいものはありません。ホントですよ!

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2012/01/04

2012年は「通貨」について考えさせられる年。「有事の時の無形資産」を意識する年




去年の1月最初の自分のエントリーを読み返していたら、デジタルヒッピーが時代を作っているということと、それに対して既得権益者が現実逃避させるためにマスメディアを活用しているという危機感を、松島で撮った写真とともに書いていました。
さらに、国家について考える年にしよう、と。


2011年は、デジタルヒッピーの憧れだったスティーブ・ジョブズが亡くなったことで不思議な損失感を味わい、震災の結果国家について考えさせられる年となりました。


そしてユーロ圏の混乱、中東の動き、金正日死去と、世界中が旧来のシステムが壊れて、新しいシステムを作り出そうとしているように感じます。

振り返ると2002年の1月1日にユーロが導入するタイミングで、どうしても通貨切り替えで起こる状況を体験したくて、パリに行ったことを思い出します。前からわかっているはずなのにフランのままで営業する商店、地下鉄はユーロに切り替わったために窓口は大混乱で人が溢れ、便乗値上げで一夜にしてコーヒーなどの値段が上がっている。それでもニューイヤーとあわせて、花火をあげてお祭りムードが覆っていました。


2012年は、「通貨」についてたくさん考えることになる年だと思っています。ひいては有形資産と無形資産についてより意識することになると思います。「有事の時の金」と言いますが、それよりも「有事の時の無形資産」でしょう。震災でもわかったように、有事に頼れるのは信頼関係、友人関係などの財務諸表にはあらわれないものでした。


奇しくも、今年は世界中で政治トップの交代が予定されている年です。
1月:台湾総統選
3月:ロシア大統領選
5月:フランス大統領選
7月:メキシコ大統領選
10月:中国共産党大会 国家主席交代
11月:アメリカ大統領選
12月:韓国大統領選


相当不安定な一年が続きそうですが、今年もしなやかに時代を読みながら、次の社会システムが良いものになるように兆しを発見し、挑戦していきたいと思っています。


世の中には、僕のように社会が不安定なときほど、元気に活動するタイプもいます。きっとこの混乱の先に、より人間らしい社会が待っていると信じて、今年も一年頑張ります。



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2011/12/31

2011年を振り返って。


2011年は、本当に密度が濃く、いろいろ考えることが多かった一年でした。
いままでおぼろげに感じていたけど、うやむやにしてきたことに対して、目を背けずに真っ向から対応することが求められた年でした。

地元が宮城県ということもあり、当事者としていろいろと対応もしながら、生き方の優先順位を再度見直すことができました。だから、震災は悪いことばかりじゃないですよね。僕は「転んでもただでは起きない」という言葉を信じています。

自分の信じる「楽しくたって仕事はできる」という仕事のやり方、雇わない雇われない「一人株式会社」という働き方。

金銭などの有形資産に重きをおく価値観から、信頼などの無形資産に価値観を置く古くて新しい経済社会。

blogや書籍などを通しての信頼の蓄積と、コミュニティの複数化、経済基盤の分散化を進め、次の社会に求められるライフスタイルの雛形を自分が実験台となって作っていくことに注力してきました。

もちろん、まだまだ途中ですが、来年も引き続き前に進んで行きます。急ぎすぎず、自分のペースで、飄々と続けていくつもりです。


一年で書籍二冊を出版することができました、二冊とも多くの人のご協力の上で実現できました。

よくある感謝の言葉ではなく、文字通り、不思議とチャンスが人に乗ってやってきて、掴んで動き出してみると、また次の人が答えを持ってあらわれるという感じでした。
そういう意味では6月の前に進む力。12月の顧客に愛される会社のソーシャル戦略の著者は、僕ではなくみなさんなんだと思っています。

本日、12月31日でどうやら37歳になったようですが、相変わらず年齢なんてどうだっていいと思っています。

来年も、いったい何が起こるのかわくわくしていますし、年連を重ねるにしたがって起こることが予想できてしまう人生を求めていません。
「前に進む力」にあった「人生は何があるかわからないから面白い」という言葉通りの気持ちです。

最後にBlogを読んでくさった皆様。本当に今年一年ありがとうございました。
皆さんからの反応をいただきながら、自分の思考をまとめていくのが本当に大好きです。
来年も頑張りますので、今後もご購読よろしくお願いします。




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2011/12/27

「顧客に愛される会社のソーシャル戦略」本日発売。テーマがバラバラの三冊を出版して見えてきた自分のテーマ

やっと三作目の本が無事出版できました。新大阪の駅の書店でさっそく買っていただいた方や、ネットで注文していただいた方からの報告をいただき、本当に感謝しています。


この年末押し迫った時期に、申し訳ございません。。。


出版にあわせて本日、TechWaveに寄稿をしました。書籍の付録に付いている座談会PDFもダウンロードできますので、ぜひTechWaveの記事も読んでみてください。本田さんからの一言紹介もうれしかったです!














書籍を三冊書いてみたことで、自分の著作の背景にある一本の線が、おぼろげながら見えてきた気がします。


■1冊目:「空気読み企画術」日本実業出版


「よい企画がよりよい社会を作る」というメッセージで、調査で見えてくる顕在ニーズではなく、商品が出されたら欲しくてたまらなくなるような潜在ニーズを掴んで企画する方法を書きました。


■2冊目:「前に進む力」ディスカヴァー・トゥエンティワン


「人生は設計できないから面白い」「完璧じゃなくてもいいから、前進しよう」というダグラスさんのメッセージや、人生をポジティブに生きる方法を伝えたかった本です。真摯に生きることで、周囲の人を幸せにし、仕事仲間をファミリーと思える僕にとっての目標のライフスタイルです。


■3冊目:「顧客に愛される会社のソーシャル戦略」技術評論社


ソーシャルメディアの本ですが、真摯に愚直に顧客に向きあう会社や社員が報われる時代が来たということをメッセージしたかった本です。組織のほうや上司を見て仕事をするのではなく、顧客のほうを向いて真摯に仕事する会社が増えれば、中で働いている人ももっと仕事が楽しくなるはずなのに!という想いを込めて書きました。


三冊ともテーマも書店で並ぶ棚もバラバラです。そのため、僕は一つのテーマで執筆している著者と違って、毎回いろいろなテーマで書いている印象だと思います。


しかし、どれもそのタイミングで僕がメッセージしたいことであり根底には一つの共通した流れがあります。僕は仕事も人生ももっと愉しんでいいもので、そうなることがより素敵な社会になる方法だ!ということです。そして、そのために自分ができることをコツコツと提示していこうと思っているようです。


派手じゃなくていいから、真摯に愚直に。
震災があったこの年、僕の中で大きくなった言葉は「真摯に愚直に」でした。
新作にもこの「真摯に愚直に」が貫かれています。


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2011/12/21

個人にとっても、企業にとっても「コミュニティ」がより重要に





月曜日は出版社ディスカヴァー・トゥエンティワンのパーティ、火曜日はTechwaveのパーティと続きました。どちらも、組織に関係する人々が集まり交流する素晴らしい会でした。


ディスカヴァー・トゥエンティワン・クリスマスパーティには、書店の方々、著者、そしてなんと読者代表まで集まって懇親会が行われ、企業を取り巻く人全プレーヤーが集まった形になっていました。感謝の気持ちとしての「おもてなし」、社員の方々の心遣い、参加する人たちが楽しめる出し物まで徹底されていました。


もう片方のTechWave大忘年会も、執筆している人、取り上げられている人、読んでいる人が集まった形でした。同じ興味や趣旨のもとに集まっているため、ネットワーキングも自然と行われる場でした。スタートは上記写真のように加藤順彦さんによる熱い「アジアのウミガメになれ!」のスピーチで、会場の熱を一気に上げていました。(漫才師もいまどき着ないピンクのスーツでしたが、スピーチの内容はさすが!)


どちらも素晴らしい「場」で感心していたのですが、背景には共通項があることに気がつきました。二社ともコミュニティを意識しているということです。


ディスカヴァー・トゥエンティワンでは「ブッククラブ」という本が好きな人たちが集う会員組織を持っています。著者が来て、読者に講演し交流するというリアルな場を積極的に運営しています。干場社長がスピーチで、オフィスが引っ越しにあわせて、リアルの場を開設されるような話をなさっていました。


一方のTechWaveも「TechWave塾」という場で、講師と塾生が交流する場を運営しています。塾生それぞれが専門分野をもっている人が多いため、最近は塾生自体が講師として発表する勉強会も活発に行われています。同じくTechWaveも来年にはリアルな溜り場の開設を検討しているとかしてないとか…。


この二つの組織だけを見て、「コミュニティ」がより重要になっていくとういのは、無理やり感があるのは重々承知です。しかし、両者とも内に閉じない組織のあり方を志向していて、出入り自由な宗教のような、気持ちのいい同志感が気持ちよかったのです。今後の組織のあり方ってこっちじゃないかなぁという気がしました。まだ、なんとも言語化できていないのですが。


コミュニティは企業にとっては、より自社のファンの顔も見え、内部で働いている人も仕事の喜びを感じやすいというメリットがあります。顧客、関係会社が一緒に協力してくれる外部ブレーンになってくれます。コミュニティが強固になればなるほど、自分たちの安定した基盤になっていきます。


一方で、個人にとっても「コミュニティ」は大きなメリットになります。


「個の時代」になるといわれていますが、僕は「個が複数のコミュニティに属すことで、より大きな力を発揮できるようになる時代」だと思っています。もちろん、企業というひとつの組織だけに属していた時代に比べれば、個の時代です。しかし、個だけで何かやろうと思って成功するのは、相当タフな精神力と能力が求められます。


同じ目的や使命を持ったコミュニティに所属することで、知の共有もモチベーションの継続も行えます。個が複数のコミュニティに所属することで、「これとこれをあわせたらもっと面白いことができるのに!」という化学反応が起きるようになってきます。別に企業に所属していても、他のコミュニティに所属することでリスク分散にもなります。


資本主義の次、信頼ベースの資本主義に移行していく中で、コミュニティはますます注目されていくと思っています。本当にすばらしいパーティに二つ連続でご招待いただいたおかげで多くの発見がありました。ありがとうございます。


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