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2013/10/10

絶妙な「間合い」が、世界を救う?!


解決策をいろいろと考えていると、最終的には絶妙の「間合い」に行き着くことが多い。バランスや距離感と言ってもいいのかもしれないが、ニュアンスが何か違う。


間合い ま あい(大辞林より) 
①物と物とのへだたり。「適当に—を詰める」②動作をするのに適当な時機。ころあい。また、あいま。ひま。「—をはかる」

距離感とタイミングの両方を「良い具合」にすることを「間合い」という一言で表現できるなんて、なんて便利な言葉なのだろうか。


もとい、なぜ「間合い」に行きつくことが多いのか?

いろいろな課題をお手伝いするような働き方をしていると、すごく感じることがこの「間合い」。なぜなら、現場に近ければ近いほど「現実」に引っ張られる。一方で、解決策を議論している人たちは「理想論」になりやすい。

でも、だいたいの解決策は、「現実」と「理想」のグラデェーションの間にある。一気に理想にチェンジすると危ないが、絶妙の「間合い」を取りながら、順番に地道に詰めていくしかない。

働き方議論もそうかもしれない。理想の働き方があるのであれば、絶妙の「間合い」で現実と折り合いを付けながら、一つ一つシフトしていくしかない。問題はいろいろと絡み合っているのだから。

昨日も出張で山形県にロケハンに行ったときに、自然と共生して暮らしている人々と話しながら、理想としての「良いとこ取り」を妄想していた。地方での豊かな暮らしと仕事の両立だって、絶妙のバランスと絶好のタイミングという「間合い」で実現することができるかもしれない。。。


理想と現実の狭間にあるときに、この「間合い」に知恵を捻ることが解決策の糸口になる。

どっぷりつかりすぎると、外からどう見えるのかがわからなくなる。だからといって、対象物から離れすぎていると、起こっていることを掴むことができない。

だから「間合い」が大事なんだよな。

世界の多くの問題だって、いろいろこんがらかって、繋がって、複雑になってしまっている。だからこそ理想論だけじゃなく「間合い」を提示して解決に進めて行ける人に価値がある



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〜未来の自分を見つけるインタビュー〜
自分の人生のハンドルを握ることについて、参加者で議論し、模索しましょう。



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2013/10/03

SNS断食はしても、ブログ断食はしないほうがいい。



とにかく一週間に一度は、ブログ書くんだ。。。そんな気持ちで、週に一度は何かエントリーをつらつら書くことにしている。

こうやって、まずは書き始めてみること。そうすると、今、自分が考えていること、気になっていること、こだわっていること、心にひっかかっていることが見えてくる。

忙しい毎日をおくっているからこそ、今の自分を俯瞰して眺めることができるブログを書く時間が、ありがたい。

最近では、SNS断食やネット断食という言葉ができるほど、SNSに時間を消費し、常にチェックしていない気が済まない人が増えている。でも、ブログは逆だ。今の自分の中にあるものに気がつくための作業だ。

人生を楽しむためには、人生のハンドルを自分が握ることだと思う。そういう意味ではSNS中毒は他人の反応によって自分を測っているから、断食してまでも抜け出す必要がある。一方で僕のようなスタイルのブログを書くことは、自分とじっくりと向き合ってみることなので、自分の人生のハンドルを握るのに必要なことなのかもしれない。

起業や独立を選択した人が人生のハンドルを握っていることは多い。けれど、会社を辞めないと自分の人生のハンドルを握れないわけではない。

自分と定期的に向き合って、その上で自分の意志で選択を重ねていく。傍観者じゃなくて、実践家として自分の選択にコミットしていく。自分がどんな環境にいようが、その環境の中で、ハンドル握って積極的に仕掛けていくことはできるんだよね。

SNSで他人の人生がうらやましく感じる人は、他人のものさしで自分を見ているのかもしれない。自分のものさしで、自分のやることを選択しなくちゃね。

告知:自由大学「脱藩学」第4期募集開始しました!
家庭の事情(双子の出産前のバタバタ&産まれた後の育児)で、しばらく脱藩学お休みしていましたが、今の環境でもできることはちゃんと向き合って行かなくちゃと再開することにしました。自分の人生のハンドルを握ることについて、参加者で議論し、模索しましょう。


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2013/09/27

自分の年齢以外の「未来を想像するものさし」を持つ



「10年後・・・」「2020年・・・」と思い浮かべるときに、自分の年齢を尺度として「ああ○○歳になっているなぁ・・・」と想像していました。

将来を考えるときに、「自分」という目線で未来予想・計画をしていたのです。

子供が生まれてから(まだ生後2ヶ月の双子ですが・・・)、「自分」という目線にプラスして「子供」というものさしを手にしました。

自分の10年後(38歳が48歳)には、劇的な変化がないような(いや、あるかもしれませんがw)気がしますが、子供が0歳だったのが10歳になっていることをイメージすると、リアリティが大きく異なります。

大きな差は、成長すること・変化することが確実に予測でき、できることやチャンスが多くなっているからでしょう。

===
10年後、20年後・・・と未来をイメージするときに、自分の年齢以外のものさしを持っていると見えてくるものが違ってきます。

そして、見えてくるものが違ってくるからこそ、リアリティを持ってその時に向かって何をするのか? どう備えていくのか?を真剣に考えることができます。

「子供の年齢のものさし」は、今の日本に住んでいる人でも、イメージしやすい例だと思います。一方で、今経済が成長している新興国に住んでいる人は、「都市の成長のものさし」を持っているのかもしれません。


そして、2020年の東京オリンピックも昨今の日本で珍しくみんなが確実に予想できる「もう一つのものさし」の一つでした。

真剣に未来のチャンスと向き合うために・・・、大きな変化に備えるために・・・。人間はリアリティをもって想像できないとなかなか動けないものです。

「自分の年齢以外のものさし」は、未来を考えるときに、脳が現実の課題・機会と同じように捉えるための有効なツールなんだろうなぁ。

関連エントリー:浮かれるな。7年後どうなるかは自分たち次第。


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2013/09/17

自分を過剰に見せるマーケティングなんて、やめたらいい。


個人にも、企業にも言えることだが、自分や自社の商品を本来の姿よりもよく見せるマーケティングを続けるとおかしくなっていく。

実力よりも高い目標を置いてストレッチすることは、もちろん悪いわけじゃない。向上心を否定するつもりもない。それは努力すること、成長することで期日までにギャップを埋めることが前提になっているから。問題はギャップを放っておいて、そのままでいることだ。

この約束したものと実現できることのギャップがある状態をクライアントや他者を巻き込んでいるのに放置しているといろいろな問題を引き起こすことになる。過剰自己演出からの悪いマーケティングと、言ってしまっていいと思う

自分を過剰に演出して売り込んだのはいいが、内容が伴わないため、お客さんにも、売り込んだ営業担当にも、要件が満たせないことがわかっている現場の担当者も・・・まわりまわって焼き畑営業経営でヤキがまわってしまう経営者にも、ツケが回ってくる・・・。

多くの人が「働き方」で悩んでいる原因の一つが、この過剰に自分たちや商品を演出してしまうマーケティングからスタートしているように思えてなりません。

本来のマーケティングは、自分たちの提供している価値によって、喜んでもらえるお客さんを出会わせるためのものであったはず。しかし、いつのまにか過剰演出マーケティングで、受注することがやめられなくなる。。。


===================

多くの人が感じている「丁寧に暮らしたい」「嘘をつかず自分の仕事に誇りを持ちたい」という心理は、上に書いたような“過剰自己演出からの悪いマーケティング”が背景にありそう。

自分も、必要以上に自分をよく見せようとしたりせずに、愚直に仕事に取り組む軸をぶらさないように気を引き締めなくちゃ。

自分が楽しく暮らすことを守りたいからこそ、誰かにしわよせがいくような仕事の仕方はしたくない。

今日の台風が過ぎた後のカラっと気持ちのいい秋晴れの空のような気持ちで暮らしたいからね。

関連エントリー:
楽でも、派手でもなく「丁寧に暮らしたい」




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2013/09/08

浮かれるな。7年後どうなるかは自分たち次第。


まだなにも決まってはいない。
レールになんて乗るな。
ここからはなんだってありだ。
着せられた制服も、貼られたレッテルも
だれかの勝手な期待も、邪魔だったら捨てればいい。
なにかになりたい?だったら、きみがなればいいだけ。
遠慮なんかしてる場合じゃない。
動け。ぶつかれ。不可能を乗り越えるほど
きみはもっとうまく、もっと強くなれるはず。
挑み続けるかぎり負けはない。
明日。七日後。七年後。
どんなきみになるかは
今日のきみが決める。

いいメッセージですね。2020年の東京オリンピックが決定し、世の中が浮かれている感じのときにNIKEから届いたこのメッセージ。「浮かれるなよ。7年後どうなるかは自分たち次第だよ」というすごく響く言葉。

東京にオリンピック誘致したからすべてが解決するわけじゃない。一人一人が7年先という未来を考えて、ここから何かを築き上げていくことのほうがずっと大事でしょうね。

こうやって、オリンピック決定のタイミングにあわせて、この絶妙なクリエイティブを準備していたNIKEは凄い!

「オリンピック」という言葉は公式スポンサー以外が広告に使用することができないので、オリンピックとは一切言っていない。読んでいる人のタイミングと、世の中の話題の文脈を使って、自然とすべてが共有されて、その上でNIKEらしい強いメッセージを発信している。

ルールがあるからって、諦めちゃだめだよね。広告自体がルールを諦めずに、挑んできているからなおさらメッセージとシンクロしている。すごく勉強になりました。

関連エントリー:「生き方のスタンス」が違うと友達になれない? 自己責任派と他人依存派の埋められない溝

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2013/09/04

予算が潤沢でも、「やる気」は売ってもらえない


「お金だけ準備すれば、いいものができるわけじゃない」
よく言われる言葉だけど、価値と価格についてちゃんと認識していない人には、さらっと流れて終わってしまっている言葉のように思います。

Chikirin さんの「定価の世界は消えゆく運命も、きっとシリーズとして定価ではなく、売り手と買い手のパワーバランスによって価格が変わるこの世の中の仕組みについて、とりあげていくのでしょう。

安く買うために・・・、高く売るために・・・、どちらも交渉力、情報力を得て有利になるように活動を行っています。そういうもんです。

僕が書きたかったのは、このプライスについてではなくて、手に入れられる「商品」が変わる場合のほうです。

受注生産商品やサービスだったり、ソフトウェアのような契約時点では形がまだないもののケースです。同じ値段を払ったとしても、できあがる商品の品質にばらつきがあることが前提となっています。

しかしながら、形がない商品やサービスを受けるときには、供給者のやる気を導き出すことで、対価以上の品質を実現できる、ということを忘れてしまっているケースが散見されます。

======

よくあるのは、飲食店などでもウエイターの方や板前さんに、興味や敬意をもって接することで、対価とは関係なく「得をする」ことがありますよね。

それは特別に教えてもらった食の背景の知識だったり、特別に出してもらった一品かもしれません。


自分の仕事で言えば、商品の広告企画のソフトを作るときには、多くのクリエーターさんに集まってもらい、喧喧諤々とやりあいながら、お題を解決するソフトを作っていくときにこの「対価だけでは得られない品質」が実現することがあります。(もちろん予算が厳しいために、現場が嫌々やっているようであればいいものはできませんが・・・)。

大事なのは、面白がって働きたい大人たちに「挑戦したくなる負荷のかかる問題」を出して、「お互いが切磋琢磨したくなるプロフェッショナル」を集め、クライアント側も「一緒に目的に向かって汗をかく担当者」を準備すること。

実は、こっちのほうが潤沢な予算を準備するより難易度は高いかもしれません。しかしうまくいくと、結果は、如実に違います。


共通するのは、対価を払ってサービスを受ける側や発注する側も、一人の人間として相手を尊重して臨むスタンスがないと、本当にいいものは手に入らないということ。

「お金払ったから、いいもの手に入るのが当たり前だ!」という消費者意識を振りかざす人は、結果的に高い対価で価値の低いものしか手に入れられていません

そう考えると企業側も、予算を補うだけの熱意がある・・・とか、担当者が本当に一生懸命にやっててほっとけない・・・など、こういう人間味あふれる人がもっと大事にされてもいいのかもなぁ。

※昨夜のとある企業の新ラインナップ広告プロジェクトの決起集会。顔合わせから誕生日を祝うサプライズ準備してあったりと、古き良き雰囲気に触れて、ついこのエントリーを書いてしまいました

■関連エントリー





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2013/08/26

盲信するな、自己責任だよ人生は。


友人の宮嶋みぎわさんのblogにあった以下のセンテンスは、最近ずっと感じていたモヤモヤと繋がっていて、すっきりしました。

「自分で考えられるようになりなさい、そのための手伝いはなんだってするから」っていう先生を信用してほしい。「とにかく考えなくていいから、私が言う通りにやりなさい」っていう人は頼むから信頼しないでほしい。その人を信頼してしまうと、脳の筋力が落ちるから。(via.みぎわ的曲書き日記:若い方へ。

自分の経験上、何か新しいことを始めるときに、自分から飛び込んで、その中で学ぶことは本当に血肉になる。どんなに大変だろうと、必死になんとかしようとするから多くのことを学べるのだと思う。

一方で「○○さんが言っていたから」と盲信して始めた場合には、どこかでうまくいかなかっときに「○○さんの言ったとおりにやったのに・・・」という逃げ道が準備されている。そういった場合には、必死にもがいたり、工夫をしたりしない。

結局、人生なんて自己責任だと思う。
自由で他の人と違ったことやりたいなら、そのために犠牲を払えばいい。自由であるために、人の倍努力すればいいんだよ。誰のせいでもなく、自分のせいだから。

自分で自分を養う人生を歩んでいる人は、「自己責任」ということの厳しさと楽しさの両面を知っている。自分で決済して進めることのできる楽しさの裏返しは、自分のケツは自分で拭くという当たり前の厳しさが存在する。

自己責任で判断して、自分でケツが拭けるように、「自分の頭でちゃんと考える」訓練は若いうちからやったほうがいい。

上記の文脈で、危うい目に遭おうが、自分で選択して生きることを小さい頃から許してくれた親には感謝しています。



蛇足的に。。。自己責任で選択することを学ぶためにも、投資教育というかファイナンシャルスキルを高める教育がいいんじゃないかと思っています。ハイリスクハイリターン、ローリスクローリターンということもよくわからずに金融商品で騙される被害報告を聞くたびに、規制して取り締まるのではなく、ファイナンシャル的な勉強をしてこなかったからだよ・・・と、考えてしまいます。ちなみに、そういう僕はミドルリスク・ミドルリターンの自分が寄与することで、リターンも高まるような性質のものが好きです。自分の生き方や働き方の選択肢と同じ考えですよねw


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2013/08/20

日々の環境も「旅人」のように、今ここを意識しよう。


大阪の友人が、東京に3週間の”家族留学”に来ています。(さらには主催イベントまで開催してる!)その様子を見ていると、この限られた時間に多くの人に会い、子どもと東京で体験できるアトラクションを満喫し、多くの街を体感しながら、住み心地を観察し・・・本当に貪欲に楽しんでいるようです。

そう。僕らが普段住んでいる場所だって、旅行者や一時滞在者にとってみれば、見るべきもの、会うべき人が溢れている魅力的なロケーションです。

地方出身の私にとって東京は、情報にしてもイベントにしても溢れているうらやましいロケーションだったはずです。羨ましいなんて生半可なものじゃなく、大きな飢餓感を持っていました。「ああ、東京に居たら、あれもこれも行くのになぁ」と。

それが、東京在住も15年以上が経ち、その飢餓感をすっかり忘れてしまっている自分がいることに、気がつきました。

旅行先の注目のスポットは訪れたことがあるのに、自分が住んでいる都市は、いつでも行けるからこそ、観光で来た人よりも知らない場所がたくさんある。。。

海外の都市に行ったら、会いたい人には「この機会に会ってもらえませんか?」と言えるのに、いつも住んでいる場所では、逆に先延ばしして会いに行かない。。。

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人間にとって、この一度手にいれた環境や、一見お尻が決まっていない時間に関して「緩く」なる感覚は、共通のものなのでしょう。

だからこそ、以下の2つのアプローチが必要になります。

1:定期的に自分を好奇心が出る環境=いつもと違う環境を求めて、旅行することで新しいものを吸収する。

2:自分のいる環境を「旅行者」として訪れたとしたら、何をするのか?を自分に問い、時間は有限だということを痛感しながら切迫感を持って行動する。

今まで、自分は1ばかりを求めて動いていたように思いますが、ちょうど子どもが産まれて今までより長距離移動のフットワークが望めなくなったので、その分2のフットワークを意識していかなくちゃ。

いや、違うな。やっぱり1も2も「有限」な人生を意識しながら、貪欲に生きよう。そんな教訓を大阪の友人からもらえました。やばいやばい。好奇心に貪欲に生きなくちゃ。


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2013/08/06

実行しないことを学んでいても無駄じゃない?


実行することで学ぶこと、それにまさる学びはない。というか、本当に言いたいのは「実行しないことを、いくら学んでいても無駄じゃない?」ということだ。

もちろん教養的な分野や基礎学力、歴史について学んでおくことはすごく重要なことで、実はリターンがものすごく大きな分野。僕が言いたいのは、情報オタク・ニュースオタクに対して

今朝読んだ仲間の言葉がまさにこのことを代弁してくれている。
これはじぶんひとりでビジネスをしてきたぼくの体験だけど、
時間と思考をじぶんで支配できないとけっきょく上手くいかない。
合ってる間違ってるは別にしてじぶんのプランを思ったタイミングで実践できないと、結果にたいしていろいろ悔いが残ることになってしまう。
だから何か始めるときみんなから意見を聞きすぎるのもよくない。
勉強しすぎるのもよくない。と個人的におもう。
ひとつのプランに時間をかけすぎると「想定」っていうのがどんどん変わる。
2年前に頑張った情報収集がもうさほど価値がないのだから。

熱心に勉強するひとをみると、そのプランは「いつやる」ものか? ぼくは聞くのだけど、行動計画がセットになっていないひととは時間の進み方がちがうので、話が合わなくなる。 via.所長サンの哲学的投資生活 
余裕があれば、いろいろなことを学ぶのは悪いことじゃない。しかし、その分野でビジネスを行ったり、食ったりしていくための学びは、実践し体験することで得たことじゃないともはや通用しない

■一番価値のある学び方は、“実戦経験”


僕だって同じだ。今取り組んでいるプロジェクトは過去の経験をベースに、半分は新しい分野に突っ込みながら新しい能力を獲得できるように努めている。

個人的な具体例をあげるとイメージしてもらいやすかもしれない。

とある区の再開発に連動してやっているプロジェクトでは、「アクション型メディアとマネタイズ」の経験は自分にあるが、「行政と一緒にタウンマネジメント団体をベースに街を舞台に行う」部分はチャレンジ領域。

他のプロジェクトでは、「メディアや商品をプロデュースしたり、コンセプトを作る」経験はあるが、「工業製品・プロダクトの製造まで調査し実践する」部分は新しいチャレンジ領域だったりする。

やったことない部分が出てくるから、必死に調べ学びながら形にしていっている。形にすることで、次の出来事が起こりトライ&エラーを重ねている

これが、今一番身につく学び方なんだと思う。そして、インディペンデントとして働く人にとっては、こうして新しい技能・経験を積んでいかないとコモディティ化してしまう。

こう書くと暗い話にきこえるかもしれないが、そうじゃない。新しい知識・技能をトライ&エラーの実践経験を通して獲得していくことは、自分RPGとして結構楽しい!


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2013/07/25

ネットも人生も、つまらなくさせるかは「自分次第」


ネットがつまらないのはつまらない自分のせい

今朝読んだBlogのフレーズが刺さりました。
「ネットがつまらない」=「自分がつまらない」は言い過ぎとしても、「ネットがつまらない」=「自分のネットユースがつまらない」「自分の眺めているネットがつまらない」なので、ネットそのものが問題というより、その人自身の所業によるところ大な問題だと思う。 
シロクマの屑籠:「ネットがつまらない」≒「自分がつまらない」
 ある意味、ネットは自分の人間関係・情報源を映す鏡になってます。自分がフォローしている人、フィードに登録している情報源・・・自分が選択した結果が自分の見ている情報となります。だからこそ、「ネットがつまらない」と発言するのは、「自分がつまらない」ということをわざわざ宣言してしまっているようなものです。



ネットの仕組みが、人間社会の真理を可視化した?

でも考えてみると、この法則はネットの社会にとどまらないですよね。

「何か面白いことない?」って聞いてくる人は、面白いこと教えても、なんだかんだいって動かない。一方で、好奇心丸出しで面白いと思ったことを求めて走っていく人は、次から次と面白いコトや人との連鎖を起こしていきます

ご機嫌にしている人には、ご機嫌な話題を提供したくなるし、不機嫌な人には厭世的な話題でもするしかないか・・・と同調してしまう。

自分という受信機が情報をキャッチするのではなくて、自分という受信機にあった情報が集まってくるように社会はできているのかもしれません。

以前「お呼ばれ」する人でいることの「ありがたさ」というエントリーを書きましたが、「あの人、呼んでおいたほうが場が楽しくなるよね」と思ってもらえることはすごくありがたいことです。

特に僕のような、自分で仕事をつくっていくタイプの働き方をしている人には、お呼ばれされる愛嬌は不可欠だと思います。

仕事だって、プロジェクトに対して自分自身が主体的にのめり込む、自分ごととして貢献していくことで、何らかの信用や実績を積み重ねていくことで、次の面白い情報がやってくるようになります。

だからこそ口が裂けても「ネットがつまらない!」「人生なんてつまらない!」なんて、言えませんw 大変なことはたくさんあるけど、明るい面を見ながらご機嫌に過ごしていきたいものですね。

関連エントリー:過去の自分の好奇心が、今の自分の武器になっている

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2013/07/19

“常識”で疑問や違和感にフタをしない


よく言われることですが、海外の都市などを訪れると、自分がどっぷり浸かっている文化圏にいるときには気がつかないものが見えてきます。

看板表記だったり、サービスの基準、笑いのズレやコミュニケーションの違い、公共の場所での振る舞い、スーパーなどの陳列など、新鮮に見えてきます。

逆に考えると、新鮮な目を持った他の都市から来た人が、私たちの日常を見たら、興味深いことだらけのはずです。多くの疑問や、違和感、好奇心が湧き出てくることでしょう。

せっかくだったら、僕らの毎日を「常識の外の目」で眺めて、多くの発見や疑問を見つけ出したほうがお得です。そう思っていつもiPhoneのカメラや鞄の中に入れているカメラで気になったものを沢山メモするように撮影しています。

とにかく違和感を感じたものは写真でメモする。あとで見返してみると、普段過ごしている空間の中に潜んでいる「発見」や「不思議」に気がつくことができます。

デザイン思考などが求められているのも同じ流れだと思いますが、我々は“常識”というブロックによって、サービスやプロダクトのアイデア源である「発見」をスルーしてしまっています。

自分の疑問や違和感に素直になるためにも、意味を考えずに写真メモ、オススメです。


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2013/07/12

「日常からの脱出」を提供する仕掛け−The passenger bar@Madrid

あまりの暑さに、、、いつもとはちょっと嗜好を変えて、「日常からの脱出」を提供している仕掛けを紹介します。


via http://www.thecoolist.com/the-passenger-bar-madrid/

長距離列車での旅に出たい・・・とはいえ時間がないという人に、旅に出ている「気分」を提供しているスペインのマドリードにあるバーです。名前もずばり"The passenger"

バー自体が、もともと非日常を提供する場だと思います。職場でも家でもなく、どちらにも所属していない時間の自分と向き合える空間です。つまりバーに行く目的は、必ずしも「ドリンク」ではなく、「時間×気分」です。


via http://www.thecoolist.com/the-passenger-bar-madrid/
だからこそ、長距離列車の食堂車を模して、車窓を眺めながらくつろげる空間というのは、すごく相性の良いコンセプトだと思います。

仕組みとしては、非常にシンプル。窓のようになっている部分はスクリーンで、上部にある各プロジェクターが本物の車窓の風景映像を流しているだけです。


 



■新しい技術を活かす場所

最近取り組んでいることにも関係するのですが、現在頭を悩まさせているのは「価格のこなれていない新しい技術・新しい表現の受け入れ先」です。

割高と感じるようなものを、厭わずに購入してくれるイノベーション市場もあわせて考えていかないと、最新技術や表現を育てていくことはできません。

上記のThe passenger barの事例は、非常に示唆に富んでいると考えています。映像へのコスト、プロジェクターを複数設置して運営していくコストがかかりますが、それを上回る集客リターンが得られる設置主にとっては、リーズナブルな設備投資となるでしょう。

社会的に新しい技術や表現方法、商品を生み出すことについて語られているようですが、このリーズナブルと考えてもらえる市場を見つけるという頭の使い方も問われているのだと思います。

ただでさえ暑いのに、考えすぎて熱くなってはいけないので、この辺でw

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2013/07/05

実践家が尊敬される社会へ



外野ばかりがうるさい時代。もっと自分の時間もパワーも使って、何かにコミットしている人が尊重されてもいいはずなのに。。。

昨今、ネットだけでなく、テレビのニュースとかも含めて、もうすっかり残念な気持ちになることが多くなってきました。

そのせいかどうかはわかりませんが、コツコツと何かを続けている人、何かに自分の人生を捧げている人のお話には、余計、心を揺さぶられます。
参照:人生を“何か”に捧げた老人が今一番ヒップ!

今年に入ってから、風向きが大きく変わったなぁと思っているのが、“兆し”に関する勉強会や“未来予想ブーム”の減退です。

言い換えると、「思想家・分析家的な人に注目が集まっていたのが、実践家に注目が集まってきている」という現象です。

「今でしょ!」という言葉が流行っているのも、いつまでもぐちぐち考えていたり、情報収集を際限なく繰り返すのではなく、手元にある材料で行動に移していくタイミングだということが深層心理にあったのかもしれません。

不確定なことが多い時代に、未来を予想することよりも、自分が動くことで未来を変化させていくことにシフトしているのは、すごくいい流れだと思っています。

結局、限られた自分の時間とパワーを「何にコミットするのか?」が問われているのだと思います。その時に尊敬されるのが「実践家」であると信じています。

自分の目に触れるニュースや記事の多くが、批判家よりも、実践家が尊重される内容になっていくことを祈っております。まちがっても、コミットして動いている人を外野が気分だけで攻撃して、引きずり下ろすようなことがなきように。


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2013/06/26

見逃しちゃいけない「次の兆し」をつかむには?


よくイノベーター理論をあてはめて、自分が取り組んでいるものがどの位置付けにあるのかを意識するようにしています。


via.http://jma2-jp.org/wiki/index.php?イノベーター理論

目の前の事象に夢中になっていると、視野が狭くなり、自分がやっていることが社会的にどの位置付けのものなのか?今後、重要になってくるものなのか?それとも衰退期にあるものか?を意識しなくなるためです。

もちろん、個人的な趣味であればそんなことを意識する必要はないのですが、仕事上、マーケットを意識することや、今後の社会的ニーズを考えることを無視するわけにはいかない・・・。

さて、表題にある「見逃しちゃいけない次の兆しをつかむには?」ですが、自分では人でフィルターをかけることだと思っています。

人でフィルターをかけるとは、自分が「この人のセンサーは面白い!」と感じる人の行動をウォッチすることです。さきほどのイノベーター理論でいうところの身近にいるイノベーターにアンテナをはっておくのです。

この「炭鉱のカナリア」である身近イノベーター複数人が、同じような動きを始めたときは要注意。話を聞いて見たり、議論してみることで、根底にある社会的な問題意識を発見することができます。


身近なイノベーターたちが身を挺してやっている動きが本当に興味深い!

例えば、僕の周りの「炭鉱のカナリア」に共通しているのは、会社選び。就職でも転職でも、社会的に評価がボロボロのときに入社し、社会的にピカピカになっているときには辞めて次の行動を起こしていたりします。(逆の行動を取る人を、その会社のアラート信号として見ているときもあります)

これは、別に会社だけでなく、投資対象やこれからホットになってくる都市、遊び方、ライフスタイルなどにも共通してあてはまります。

そして今は、東京だけでなく他のエリアで面白いことをやっている人と繋がって、次の仕掛けを公私混同で取り組んでいるのが兆しとして顕在化してきています。地方で面白いことを企てている本当にピカピカした人に、イノベーター的な層が引き寄せられています。(あくまで、僕の見えている範囲での観測ですが)

自分が信じたことを、口だけでなく、身を挺して、身体を使って実現していく。そんな人が身近にいるからできるんだろ、と言われてしまえば、その通りなのです。


本当に自分の欲求に素直に動くこの人たち。一番どうなるかわからないタイミングで自らもがきにいき、今からマーケットがおいしくなり刈り取れるころには、次の興味へ移っていく

こんな人の動向を追ってみるのは、人生を楽しくポジティブに愉しむためにも、自分の気持ちに素直に従って生きることを肯定するためにも、オススメですよ。

まあ、僕も同じ穴のむじなですが。。。

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