グローバル サイトタグ(gtag.js)

2012/06/22

[募集告知]自由大学で「脱藩学」やります!

Detail1002

突然ですが、池尻にある「自由大学」で、「脱藩学」という講座をやることにしました。

まず、なんで「脱藩学」という講義をやることにしたのかを説明させてください。 僕の課題感として、「本当は価値があるのに、有効利用されていないものを、何とかしたい」というものをずっと思っています。まさに編集者ができることは、「価値があるもの」を見つけて、正しい文脈で世の中にPUSHすることだと考えています。 

だからこそ、僕はメディアを活用した新規事業という切り口で、メディアプロデュースだったりコンセプト設計の仕事をしています。クライアント企業の持っている価値を、正しい文脈で発揮するためのお手伝いをしたいからです。 

さて、話をもとに戻すと。今、一番もったいないなぁと思っているのは、人材です。本来持っている良さを、常識に押しつぶされて活用できていない。他人基準、世の中基準で物事を考えてしまうために、使われていない能力がたくさんあります。日本の閉塞感の理由の一つが、がんじがらめになったルールのせいで、前に進めない息苦しさだと思っています。

今回の「脱藩学」では、そんな社会の空気によって、自分らしく生きることがやりづらいと感じている人に、脱藩・越境してしまった人の事例を見てもらったり調べてもらったりすることで、他人のレールじゃなくて自分の人生のレールに戻るお手伝いをしたいと考えています。(もちろん、自分のレールで生きることの自己責任の覚悟も、クローズドな場ですから、包み隠さず共有できる貴重な場だと思っていますw)

 Techwave cafeで、すでに実践済みですが、「先生が教えて、生徒が聴く」という関係だけではなく、「現在進行系の生徒同士が、自分たちの気づきをシェアしながら学んで行く」という方法も実践できればと思っています。21世紀の学び方は縦だけじゃなく、横の学びが大事ですからね。

ということで、興味もたれた方は、是非!集まったメンツによって、どう講義が転んでいくかわかりません。僕が大好きな、柔軟だけど、一本筋の通ったコンテンツを提供しますので、よろしくお願いします。
【講義計画】
 第1回:[認識]仲間と自分を見つける
初回の講義では、自己紹介を兼ねながら、集まった仲間と一緒に自分が「何を重視しているのか?」「どんなことを嫌悪しているのか?」を探求していきます。

・定性的ファクター(価値観、信念、使命感、個人のストーリー) ・定量的ファクター(仕事、生活、時間、人間関係、衣・食・住・遊・学・働) 上記に基づいて、自分の求める生き方の優先順位を見つけていきます。 ※その後、教授による個別サポートを実施予定

 第2回:[探索]自ら動いて調べるヒントを得る 
自分の求める生き方を体現するロールモデル(師匠)を見つけます。そのためにヒントとなる意志のある生き方スタイルを選んだ先行事例の方を紹介しお話を伺います。
お話を伺うロールモデルゲスト:株式会社ベビログ 板羽宣人さん 
「公務員を辞めて、夫婦起業。夏は家族でニセコでノマドワーク」
 参考: 5月のハワイ滞在記昨年夏のニセコ滞在中のblog   

第3回:[発見]師匠を見つける
自分の求める生き方の優先順位と、自分にとっての師匠を発表してもらいます。発表内容によって参加者のグルーピングを行います。このグルーピングに基づいて、第5回まで仲間で一緒に学ぶための師匠へのインタビュー・発表を行っていきます。師匠へのアポの取り方、インタビューの行い方をお話しします。

 第4回:[丁稚]私淑・丁稚する
前回設定した師匠インタビューの途中経過発表、すでにインタビューが行えたチームによる発表を行います。また、仲間で学ぶことを活かすためのコツを講義します。 ・ 現在進行系の学びのシェア/悩みの共有/不安の共有/師匠との差分の発見方法など

第5回:[共有]学んだことを仲間と深める 第4回までに発表できていないチームの師匠インタビューの結果を発表してもらいます。その上で、自分が求めるスタイルに到達するための「差分」の埋め方、今後どうやってチャンスを掴んでいったらいいのか?についてグループで議論をしていきます。

【日程】
第1回 7/24(火)19:30-21:00
第2回 7/30(月)19:30-21:00
第3回 8/07(火)19:30-21:00
第4回 8/21(火)19:30-21:00
第5回 8/28(火)19:30-21:00

【開講決定日】7/17(火)
【定員】15名
【学費】36,000円
【会場】IID 世田谷ものづくり学校内

開講は7/24(火)からですが、定員15名までと、かなり絞ってやりたいと考えていますので、ご興味のある方は早めにお申し込みいただけると幸いです!
  自由大学:「脱藩学」講義内容


RSSリーダーで購読する


にほんブログ村 経営ブログ 広告・マーケティングへ
にほんブログ村

2012/06/18

経済成長のみを標榜することへの静かな反動

2012 06 16 15 57 45

先日、やっと六本木の21_21 design sightでやっている「テマヒマ展」を観てきました。

いろいろと感じることや、考えたことがあるのですが、ずばり「経済成長のみを標榜することへの静かな反動」だなぁと。

僕自身、仙台出身でずっと見慣れてきた物たちなのですが、作っている人の顔と作業の映像、背景にある自然も含めたコンテキストの中に置かれると、もう間違いなく「静かにずしりとくるメッセージ」でした。

以下に、佐藤卓さんと深澤直人さんの企画意図のメッセージと、会場で手にしたフリーペーパーに書かれていたナガオカケンメイさんのコメントを引用しておきます。

佐藤卓さん
永い年月、厳しい自然と折りあいをつけながら、生活のために伝承されてきた東北に残る食と住から、私達はこれからのために、今、何を読みとることができるだろうか。伝承とは、先代のやっていることを最初は見よう見まねで身体で覚え、熟達したものが次の世代へと引き継がれていくこと。そこには、つくり方のマニュアルもなければ、丁寧な手ほどきもない。その家に生まれたら、それをすることが宿命だと身体に思い込ませ、受け継いでいく。

今、残っている素晴らしい手仕事を褒めたたえることは容易いが、どうしてこの地域に残ってきたのかを掘り下げ、そしてその精神をなんとか未来に残していく方法を探らなければならない時がきている。なぜなら、その永い間受け継がれてきた日本のものづくりの精神が、近代の『便利』を崇拝する合理主義に、歪んだ民主主義と資本主義が折り重なり、急速に消えつつあるからだ。 
『便利』とは、身体を使わないということである。現代社会はできるだけ身体を使わないで済む『便利』なものを、疑うことなく受け入れてきてしまった。身体を使わないと人間はどうなるか。ここに記すまでもなく、様々な現代の病がそれを物語っている。この『便利』というウイルスは、一度生活に入り込むとなかなか元には戻れない手強いウイルスなのである。このウイルスが、日本の風土をことごとく蝕んでしまった。しかし、僅かな麹から幻の味噌を再生するように、今に残る手間ひまかけた手技からその精神を汲み取って、なんらかの方法で未来に向かって引き継いでいくことはできないものだろうか。この展覧会で、少しでも東北に残る日本のアノニマスなもの達に接していただき、日本のものづくりを今一度考えるきっかけにしていただければ幸いである」 
21_21 DESIGN SIGHT企画展「テマヒマ展」 メッセージより

深澤直人さん
すだれのように吊り下げられた数千本の干し大根。天にも届きそうなくらいに積み重ねられたリンゴの木箱。やわらかく煮るために、ひとつひとつ木鎚でつぶされる大量の豆。すべては人間の手の動きと自然が織りなした東北の生活のテクスチャーであり、生活に刻まれたリズムである。自然と季節の力を借り、それも無駄のないひとつの道具として授かり、日々の恵みとして蓄え続けて行く様。この停まることのない緩やかな循環が東北の人の生きるペースである。 
この生活には手間ひまがかかっている。しかし穏やかで強く、迷いがない。このペースは自然と共生して来た長い経験によって、エコロジカル(生態的)な営みに同期し、破綻がない。手間ひまをかけるものづくりは常に『準備』である。その営みに終わりはないし完成もない。しかしその手間ひまが生み出すリズムが、行く先を見失いかけている今の人間のペースを穏やかに緩和し、大切な何かを明示し、焦りの心にひとつの糧を与えてくれるような気がしてならない。 
訪ねる東北の先々で必ず同じ質問をしてみた。『なぜもっと楽に、合理的な方法でやろうとしないんですか?』と。返事は、『??...?......。無理をしないってことかなぁ』と。『無理』は循環を壊してしまうことを意味している。粘り強く淡々と繰り返される一見単純そうに見える作業が、穏やかで豊かな生活の循環を生み出している。『テマヒマ展 〈東北の食と住〉』にその空気を持ち込めるだろうか。急ぎすぎて混迷する現代を救う啓示に満ちた生活の美を持ち込めるだろうか。東北には今、人が見失いかけている真の豊かさの定義と、飾らない美の真髄が潜んでいると確信している 
21_21 DESIGN SIGHT企画展「テマヒマ展」 メッセージより

ナガオカケンメイさん 
日本がもし低迷しているように感じるとしたら、それは間違いなく「自分たちらしさ」を捨てて、ただ儲かればいいという気持ちの迷いから「自分らしさ」を捨てたことおが原因だと思います。経済の低迷や自然災害を機に、また、グローバルという言葉から海外進出していく中でも、やはり、そこで迷うとしたらならば、その原因は「らしさ」がないふんばりの利かない戸惑い。それは企業に限らず、国も私たち個人にもいえます。 
他県からの友人をもてなすとき、出来れば自分の土地を感じ、味わってもらいたいと思うでしょう。そんな時、昔の人が作り育て続けた地酒を振る舞い、伝統文化を育ててくれた先人たちの何かを利用する。改めて「感謝」することもない「日常」となったそんな「らしさ」は、その土地の個性豊かに時代を進む武器となります。 
d design travel DESIGN TRAVEL WORKSHOP in YAMAGATA フリーペーパーより 

DIY精神で創作活動を行うことで浪費しなくても、心が満たされてしまうポジティブな「生産>消費」好きの状態を愉しんでいかなくちゃ。そもそも、このblogがそうなわけですがw 

蛇足:東北の手仕事には、厳しい自然環境によってままならない自分たちを、少しでも安心させる役割があったと思います。手間暇はかかるが、没頭して手を動かして物を作ることで、不安を和らげることができます。もしかしたら、都会に住む現代人がジョギングしたりジムに行くのも同じ精神構造かもしれません。不安解消であり、心を整える効能があったはずです。



2012/06/14

情報収集って切りがないから、制限しといたほうがいい。



多くの人が気がついてることだとは思いますが、ちゃんと書いておいたほうがいい気がするので、エントリー化しておきます。


ネットのおかげで、際限なく検索して、手軽に情報を集めることができるようになりました。次から次とネット上で集めまくることができます。


しかし、お金はかからなくても、自分の時間をどんどん消費していることを忘れてはいけません。


まあ、まだ自分が疑問に思ったことや興味を持って、掘ってみたいと思ったことだけだったら、そんなに制限することを意識しなくてもいいのですが・・・。問題は他人が興味あることまで、ついついフォローしてしまうことです。


これには気を付けなくちゃいけません。友人の○○さんが、××に興味があるらしい。○○さんが面白いと言っている記事もチェックしておくか…。▲▲さんが、興味あると行っている□□というテーマについても自分も知っておかなくちゃなぁ。


これが要注意です! 逆に言うと、ここまで多くの時間を使わせてしまうソーシャルメディアの仕組み自体が、人間心理のツボをついていて良くできているということです。


以前も「一人で考える時間がないと、面白い人間にならないよ。」というエントリーを書きましたが、むしろ自分が深掘る・フォローする分野を設定して、意識的に情報収集に時間を使わないと、みんなの話題にはついていけるけれど、自分なりの考えや情報発信ができない人間になってしまいます。


僕も一時期、ソーシャルメディア上で過ごす時間が多くなりすぎて、スケジュールが破綻しそうになりました・・・。だからこそ、実は以下のことを心がけています。


自分の興味分野・深掘り分野に使う時間:他人の興味をフォローする時間=7:3。


なんとなくの目安なのですが、他人の興味に使う時間の2倍以上は自分の興味深掘りに使うように心がけています。本当は8:2とかにしたいのですが、facebook開いたり、twitter見るとつい。。。ということで、7:3が今の自分の目安です。



RSSリーダーで購読する


にほんブログ村 経営ブログ 広告・マーケティングへ
にほんブログ村

2012/06/08

「考えさせない」サービスと「考えなくちゃいけないことと向き合わせる」サービスの違い

Thinking RFID
Thinking RFID / @boetter


意志決定のコストを取り除いてあげる、この時間だけは他のことを考えずに現実逃避できる。今、そんなサービスがウケています。ソーシャルゲームだったり、バラエティ番組だったり、その風潮をどうこう言われてしまう類のものです。でも、これが多くの人に、受け入れられているものなのです。


前回、「世界の終わりのものがたり〜もはや逃げられない73の問い」という企画展に関するエントリーを書いて気が付いたのですが、以前にも増してわたしたちは「考えなくちゃいけないこと」に囲まれています。


この企画展で提示されている「あなたの人生でいちばん心配なことはなんですか?」という根本的に向き合って自問自答しなくちゃいけないこと。日々の仕事の中で考えなければいけない現実的な課題。日々の生活の中で、考えなければいけない諸々のタスク。わたしたちは、多くの「考えなくちゃいけないこと」に囲まれて生活しているのです。


そんな環境下だからこそ、大きく二つの方向で吸引力のあるサービスが生まれています。


一つが、ユーザーに「考えさせない」サービスもう一つが、ユーザーに「本来考えなくちゃいけないことと向き合わせる」サービスです。どちらも同じ環境で、何を提供するかの違いですが、どちらも面白い傾向だと思います。そして、前者のサービスはマスに受けるが、後者のサービスは考えることに慣れている一部の層にしか受けいれられないという特性を持っています。「良薬口に苦し」ですからw


■ユーザーに考えさせないサービス(現実逃避)


・バラエティ番組
 仕事から帰ってきて深夜に見るテレビで考えさせれたくない・・・
・ソーシャルゲーム
 習慣でできて、空き時間に小さな達成感があるもの。でもいつの間にかやめられない、とまらない・・・
・友達同士でのコミュニケーションツール(LINEなど)
 空いた時間に簡単にコミュニケーションが取れて、慰め合うことができるもの
・自分のことを考えなくて良い他人リアルドラマ
 ビッグダディや芸能人スキャンダル、アメリカンアイドルやRPG型アイドルなど。スポーツもここに入るはず


この手のサービスの作り手は、いかに摩擦が少なく自然に楽に使ってもらえるか、見てもらえるかにコストをかけています。気軽にはじめてもらえて、その時間に心や頭に負荷をかけずに、また次も体験してもらえるように腐心しています。


■ユーザーに「考えなくちゃいけないことと向き合わせる」サービス


・良質なドキュメンタリー映画や書籍(映画happyなど)
・課題を提示する企画展・アート(現代アートはまさにココ)
・テーマを決めて議論・講演会/自主的な学びの場(アカデミーヒルズ自由大学など)
・ミッションを持ったニュースメディア(greenztechwaveなど)


一方で、こちらのサービスでは、見てもらうためにはユーザー側に負荷を求めます。ハードルを高くしているから、クオリティを保てるという面もあります。そして体験している間に、心と頭に多くの摩擦を起こさせることに腐心しています。何度も同じものを体験しに来てもらうことよりも、自分の現実でアクションを起こさせるのかということを狙いにしています。


だから、後者の「考えなくちゃいけないことと向き合わせる」サービスには、コミュニティ型のサポート機能が付随してきています。




こうやって整理してみると、なぜ以前は人気のあった「ドラマ」というフォーマットに吸引力がないかも気づけてきます。現実社会の問題とシンクロすると一部の人(後者ターゲット)しか反応されず、一方でドラマよりも面白い他人リアルドラマがガチで展開されていて、ここに勝つのは至難の業です。


ときどき、冷静になって俯瞰的に起きていることを分析してみると、誰に?何を?どうやって?提供しなくちゃいけないかが見えてきます。その根底になっている人間の感情って、やっぱり面白いなぁとつくづく感じるわけです。


RSSリーダーで購読する


にほんブログ村 経営ブログ 広告・マーケティングへ
にほんブログ村

2012/06/07

「世界の終わりのものがたり〜もはや逃げられない73の問い」

素晴らしい質問は、いろんなことを気付かせてくれるきっかけになります。


R0014658


お台場の日本科学未来館で開催中の企画展「世界の終わりのものがたり〜もはや逃げられない73の問い」は、順を追って見ていくだけで、普段は考えないようにしているけれでも、本当は考えなくちゃいけないことを強制的に考えさせてくれます。


R0014460



  • 「あなたの人生でいちばん心配なことはなんですか?」
  • 「いちばんこわいものはなんですか?」
  • 「危険があると知ったら、住み慣れた街を離れることをえらびますか?」
  • 「あなたの身をおびやかす聞きを予測できるとしたら、知りたいですか?」
  • 「どんな病気になるかあらかじめわかるとしたら、知りたいですか?」
  • 「リスクを完全になくすことはできない世界で、あなたはリスクとどうつきあいますか?」
  • 「細く長く生きたいですか? 太く短く生きたいですか?」
  • 「何歳まで生きたいですか?」
  • 「永遠の生を手に入れることができるなら、ほしいですか?」
  • 「10年後のあなたはなにをしていると思いますか?」
  • 「死はいつから、なぜ存在するのでしょう?」
  • 「生と死の境はどこにあるのでしょう?」
  • 「最後の一瞬、なにを思い浮かべると思いますか?」
  • 「どのような最期を望みますか?」
  • 「あなたが死んでなお残るものはなんでしょう?」
  • 「死んだらすべて終わりでしょうか?」
  • 「命に変えて守りたいものはありますか?」
  • 「どこまで「わたし」なのでしょう?」
  • 「人はなぜ進歩しようとするのでしょうか?」
  • 「昔と今と、どちらが幸せですか?」
  • 「テクノロジーの進歩によって消えたものはありますか?」
  • あなたの幸せとみんなの幸せは同じでしょうか?
  • 「「終わり」から、あなたが始めるものはなんでしょうか?」
  • 「生きているあいだに絶対やってみたいことはなんですか?」
  • 「あなたはどんな未来をつくりたいですか?」

などなど・・・。


R0014629




従来は「宗教」が担っていたこのような問いを、お台場の未来科学館という科学振興の場で、考える材料を提供されていくというのは、すごく刺激的な体験でした。会期が6月11日(月)までと残り少ないですが、オススメの企画展です。

2012/05/29

自分のダメな部分を見せたほうが得な時代


Nishikokun(Koenji fes 2011)
Nishikokun(Koenji fes 2011) / kanegen


「他人のあら探し」が、今の日本の共通の話題になっているようです。生活保護受給問題にしても、studygift議論にしても、国会の事故調でも、多くはその制度上の問題点や、仕組みとしての改善点への議論ではなく、「個人」の資質や個人のネガティブネタで盛り上がっているように思えます。

もともと有名人や著名人のゴシップ記事や、不祥事ネタは、古来から多くの人の興味を惹くキラーコンテンツでした。記事にするということは、不特定多数の人に見てもらうことが必要になるので、有名人や著名人が対称となります。

しかし、自分の周りにいる知り合いのゴシップネタや不祥事ネタ、不幸ネタだって、同じように興味をくすぐられるのです。人間には、他人の表に出していないこと、出したくないことに興味を抱くという性質があるとしか思えません。

今では、SNSによって有名人や著名人ではなくても、自分の行動がさらされる状況にあります。取り繕って、自分のマイナス部分を隠して、自分をより大きく素晴らしいものに見せる演出をしたって、すぐにメッキは剥がれる環境にあります。
だったら、自分のダメな部分、どうしようもない部分を「愛嬌」として公開していったほうが効果的です。完璧に見せようとすればするほど、あら探しにさらされます。最初から自分のあらを公開することで、「あいつだから仕方ないよね。でも、こういういいところもあるよね」と周りから支えられる人でありたいですよね。

まさしく、今人気の「ゆるキャラ」のように生きる。どこから切っても完璧な優等生キャラでやっていると、完璧を求められます。

ゆるキャラが人気なのは、ダメな部分や突っ込みどころがたくさんありつつも、自分と関係する部分では迷惑もかけないし、活躍してくれるからでしょう。そして、そんなゆるキャラが人気になっても、誰もひがんだり妬んだりしません。
ダメな部分を人間的な愛嬌にしながら、自分の価値を提供する部分では真摯に頑張る。ますます、それしかないんだろうなぁという気がしてきました。






にほんブログ村 経営ブログ 広告・マーケティングへ

2012/05/19

邱永漢さんこそ、既存の職業の枠から外れたノマドだった


5月16日に邱永漢さんが亡くなられました。4月末から邱永漢さんのコラム更新がストップしたままだったので、心配していたのですが、正式に発表がありました。ご冥福をお祈りします。


私自身、邱永漢先生を私淑してきていたので、大変驚きました。邱さんは株で儲ける人、「お金儲けの神様」というイメージで認識されている方が多いかもしれませんが、それは一面にすぎません。(香港や台湾でも、「お金儲けの神様」として雑誌や新聞に出ると部数が伸びるほどの知名度です)




彼こそ、既存の職業の枠には当てはまらない人であり、邱永漢という職業をやった人でした。晩年まで、時代の変化を敏感に感じ取り、世界中を自分の目で見て回ることにこだわり、その上で事業になることを発想して取り組み、また文章として発表し続けた人でした。


本当にいろいろな切り口がある方でした。以下に、有名な話だとは思いますが、知らない方に向けて「お金の神様」以外のトピックスをまとめてみます。


■直木賞受賞作家





直木賞受賞直木賞を受賞した小説『香港』。直木賞候補になった『濁水渓』。さらに外国人初の直木賞作家。


■革命家であり、ノマドにならざるをえなかった人


台湾生まれで、東大に入学。台湾独立運動に関係して中国国民党政府から逮捕上が出て、香港に亡命(その後、国民党と和解)。1980年に日本国籍を取得。
※この辺の生々しい体験談を「わが青春の台湾 わが青春の香港」というWEB連載で読めます


その後も東京・香港など複数に住居を持ち、『非居住者のすすめ』という著書もあり。





■ビジネスホテルをはじめた人


地方から東京に出張してくるサラリーマンの動きをみて、最初の「ビジネスホテル」を渋谷に開業。この「ビジネスホテル」というネーミングも邱さんによるもの。


■コンサルタントのはしり


そういう私も、コンサルタントの会社をつくったことがあります。
確か昭和36年に私が株式投資でお金を儲けて
渋谷の東急本社のお隣に『マネービル』という
小さなビルを建てた時のことです。 

まだコンサルタントというコトバすら
知らなかった人が多かった時代ですから、
恐らくコンサルタントの
ハシリだったと言ってもよいでしょう。(引用元


■橋幸夫「恋のインターチェンジ」の作詞家




他にも一時期、作詞家として活躍されていました。

■税法についての本を書いた直木賞作家

お金のことを人前で話すのがタブーと言われる時代に、税法について執筆しはじめています。不景気になってきたら、みんなが興味を持つことは何か?と考えて、税金にお金を取られない方法だと考えたそうです。日経の夕刊に「ゼイキン報告」という連載をはじめ、これもヒットさせています。



多数、お金に関しての書籍を出されていますが、糸井重里さんとの共著の以下の本が入門編としてオススメです。






■自分の死ぬ予定を77歳に設定していた

そして、77歳を越えてからも活発にオーバーした年齢で多くのプロジェクトをはじめていました。




■世界を見て回る「考察団」ツアーを自ら引率

自ら世界の気になる都市を視察に訪れ、美味しい物を食べ、企業を訪問して話を聞くという考察団というツアーを行っていました。募集を見てみると、6月にヤンゴン→シュリムアップ→バンコク→香港という8泊9日のツアーに行く予定だったようです。


■有名人手帳ビジネスのはしり?

邱永漢の実務手帳を販売していました。すごいのは「邱永漢のすすめる旨い店」という飲食店データが掲載されていました。(日本全国・北京・台湾・香港)


■世界を飛び回るノマド・ブロガー?

ご本人は、紙とペンで執筆したモノを各地からファックスしていたようですが、それが毎日更新の「hiQ」というサイトとなっていました。


===============
こうやって、いくつかピックアップしてみただけで、いかに先見性と実践力があった方なのかがわかります。「お金儲けの神様」という偉業部分を外しても、上記のように非常に優れたクリエーターだったように思います。


多くの影響をアジアの人々に与えた方だと思います。改めて、ご冥福をお祈りしています。



RSSリーダーで購読する


にほんブログ村 経営ブログ 広告・マーケティングへ
にほんブログ村

2012/05/15

評価経済について考えた人も、そうじゃない人も観るべき映画『happy』





会社員時代の先輩である清水ハン栄治さんがプロデュースしたドキュメンタリー映画『happy-しあわせを探すあなたへ』を観てきました。(日本での公開がなく、ずっと観たかったのですが、やっと観られました。)


簡単な映画の内容紹介を引用すると・・・
GNH(国民総幸福量)で話題のブータンなど世界5大陸16か国を巡り、心理学者や脳医学者と「幸せになる方程式」を明らかにするドキュメンタリー映画


以前、このBlogで「ノウハウやテクニックよりも、歴史を学び自分と向き合うことに惹かれる時代」というエントリーで自分と対話することが価値を持つ時代だよね、ということを書いていたことを思い出しました。


まさしく、自分の外側にある基準ばかりに気を取られないで、自分が求めていることをじっくり考えるきっかけになる映画です。


「貧しくても幸福感を感じる人々がいる一方、豊かでも幸福感を感じられない人々がいるのか?」


この問いに対する答えが、この映画に登場してくる生の人間の姿を通して、伝わってきます。


今日はたまたま映画終了後のプチエクササイズがあって、すごく良かったので、清水ハンさんのblogより「ハピネス40%向上ドリル資料」スライドも以下に掲載しておきます。


あの、本当にお世辞抜きで観るべきドキュメンタリー映画です。評価経済についていろいろと議論した人も、そうじゃない人も必見ですよ!




参考リンク:TEDxTokyo清水ハン栄治


事務連絡:TechWaveの有志勉強会であるTechWaveCafeに、ハンさん次回来日タイミングにあわせて講師をお願いしようかなぁ。。。もろもろ相談させてくださいw



RSSリーダーで購読する


にほんブログ村 経営ブログ 広告・マーケティングへ
にほんブログ村

2012/05/14

POPEYEリニュアルで気付いた「70年代米国西海岸」と今の共時性


なんだかんだいっても、雑誌は大好物なもので、POPEYE(ポパイ)のリニュアル号、買って読みふけりました。


リニュアル前のPOPEYEは、時代とのGAPで辛そうだったのですが、創刊当初のコンセプトである「Magazine for City Boys」に戻ったPOPEYEは、なんだかすごく元気があります。今まで無理してたんだね。


・見た目だけのファッションから、背景にあるカルチャー/蘊蓄まで含めた切り口
・個人が長く付き合っているモノ×ストーリー
・リュックなどの定番を、自分らしくカスタマイズする記事
・開高健や伊丹十三など過去の粋な人たちへのリスペクト
・今のカルチャー系連載人
などなど、やりたいことがすごく伝わってきます。


こんなにも響いてくるのは、もちろん作りが今回のリニュアル号に気合いが入っているからだと思うのですが、2010年代と「POPEYE創刊時の時代(正確には、憬れの対称となった70年代西海岸)」が同時代性を持っているからだと気が付きました。


共通点は「DIY精神」です。70年代西海岸と2010年代に共通して影響を与えている雑誌は「ホールアースカタログ」で間違いないでしょう。


環境への意識、自分たちで工夫して何とかしようという精神、ハッカー精神などが、ホールアースカタログの影響で強く当時の若者に影響を与えました。そして、その文化がiPhoneやGoogleと脈々と繋がっていることは、ご承知のとおりです。


政府や大企業などに頼るのではなく、欲しいものがあったら自分たちで作ろうという精神は、今盛り上がりつつある動きとリンクしています。(参照記事:新しい社会ムーブメントを担う人たちを、「C世代」ではなく「DIYピープル」と表現したほうがいいと僕が思う理由


そして、そのホールアースカタログの影響を受けて、当時の平凡企画センターが出版した「メイド・イン・U.S.A・カタログ」が「ポパイ」の創刊に繋がっています。


と考えると、コンセプトを原点回帰し、今の「DIYピープル」である「シティボーイ」のための雑誌が、魅力的に見えないわけはありません


最後に一つだけわがままを。POPEYEになくて、greenzにあるもの。この差があれば最強だと思うんですよね。きっと「DIYピープル」のコミュニティ感や「人気(ひとけ)」あたりに物足りないものの答えはあると思います。あ、でもリニュアルポパイ応援してます。



RSSリーダーで購読する


にほんブログ村 経営ブログ 広告・マーケティングへ
にほんブログ村

2012/05/09

仕事は「属人化」したほうが、好都合なんじゃない?


従来、企業という組織では「属人化」することは悪とされてきました。私もよく「属人化するな!」「お前じゃなくても、できるようにマニュアル化しろ!仕組み化しろ!」と言われてきました。
もちろん組織として「仕組み化」することの重要性はわかっていましたが、僕個人としては面倒な印象や誰でもできるようにすることへの寂しさみたいなものを感じていました。
自分がいなくなっても、仕事が流れるようにする。誰でもできるように仕組み化することで、処理できる量を増やしたり、必要な人材要件レベルを下げられる…など、組織としてのメリットもよく理解できていました。
でも、なんか「仕事することの喜び」を奪われている感じがしてしまい…。一方で、次の新しいことに取り組むために、今自分が抱えている仕事を他人に渡すて手放すために、仕組み化する作業を我慢してやっていました。
しかし、考えてみたら、意外と「あえて属人化」を掲げるって、企業内の閉塞感を取り払ういい手法なのではないかいう気がしてきました。
理由は以下3点です。

1:ビジネスモデルが短寿命化してしまっている

もはやシステム化・マニュアル化しても長く使えない。マニュアル化して規模を拡大することが必ずしも正解ではなくなってきている

2:属人化した個人が、炭鉱のカナリアとして機能する

利用者やクライアントの変化を属人的に感じ、アラートを上げたり、次の商売のヒントを見つけることができる

3:「あなたにお願いしたい」という「代替不可能な個」として頼まれることで喜びが生まれる

「誰でもいいことをやっているのではないか?」「仕事の喜びが見出せない」というのは、企業が個人を一人の人間ではなく、「人月」という工数として見ているからだと思います。一方で、属人的な仕事をしている食堂のおばちゃんとかが、一番キラキラをしていたりしますよね。

4:顔が見える企業・ブランドになっていける

得意なこともあるけど、苦手なところもある。それでいて、憎めない。そんな「属人的」な部分がはっきりしているほど、注目や期待を集めることができます。逆に、機能的でマニュアルがしっかりしているような非の打ち所のない企業は「顔が見えない」と言われます。
と、考えていくと、もう「属人化」を標榜してもいいんじゃないでしょうか?
うちの会社には「○○好きの□□がいます」とか、「△△に関しては第一人者の××がいます」とか、そんなことがIR資料とか来期戦略で語られる会社って意外と素敵だと思うのですよ。もちろん、人材を引き抜かれたりするリスクはあると思いますが、今活かせてない「有休人材」を再活性したり、個人の顔が見える会社って、古くて新しいテーマであり、多くの課題を解決できる切り口だと思うのですが。。。。
なにより、「属人的でいい会社」って、それぞれが「個」が立っていてガチャガチャしていて、人を惹きつけますよね。

※雑誌や書籍の編集者・編集長、メディアのプロデューサー、アーティスト、タレント、デザイナー、クリエーター、コピーライター、クリエイティブディレクター、エンジニア、美容師…とかって、昔からこの属人化した世界で生きていますよね。もちろん、楽じゃないけど、属人的だからこそ真剣勝負で自己責任で頑張ってるわけですよね



RSSリーダーで購読する


にほんブログ村 経営ブログ 広告・マーケティングへ
にほんブログ村

2012/04/25

「爆速」が受け入れられるまでの企業文化の変化


ヤフーが「爆速」化を戦略とし、リーンスタートアップが受け入れられはじめました。ここに至るまでの企業の戦略アプローチの流れを俯瞰的に振り返ってみます。


■「あるべき論」の時代

「創業者の意志を守り、この事業領域を死守して、同じやり方で、雇用を守りながら成長していくべきだ! その上で、顧客を増やす必要があるので需要喚起をなんとしてでも生み出さなくてはならない!」



企業戦略を変化させずに、とにかく「我が社としてのあるべき姿」を追求する。継続してきたものを大切にし、自社の顧客、従業員、お付き合いのある方々との関係を維持する。

「あるべき論」とは、「現状スキーム維持」でもうまくいく理想論と言い換えてもいいかもしれません。結果的に、企業がそのままでうまくいくように、気合いと根性でなんとかするというのが「あるべき姿」だという時代です。


■「打開策」渇望の時代

機能しない「あるべき論」は、「現実」に負け続けました。理想だけ語っていても仕方ないので、方策を考えなくちゃいけないということに多くの人が気づきはじめした。


急速に「あるべき論」への興味が下がり、「現実を受け入れた上で、折衷案を考える」「前提条件を考慮しながら、打開策を導き出す」というところに思考がシフトしてきました。


少なくとも、ここ10年ぐらいは、どの会社でも「打開策」を考えるということに時間を使ってきたと思います。


そして、どの関係者も納得できる名案がでれば、現状打破できるのですが、なかなかこれが難しく。。。痛みを伴うことを避けたところは、なかなか実行にうつせない。もしくは、調整しすぎたがために、あまりインパクトのない打開策になってしまったのだと思います。


■自分ができることを、さっさとやる時代へ

そんな中、もう調整につぐ調整で時間だけが過ぎ、インパクトのない打開策になるのであれば、「さっさとやっちゃえ!」という流れがやってきました。「つべこべ言わずに、手を動かせ!」「とにかくやってみて、反応を見てみよう!」という流れです。


職人気質的なものを重視する文化が、手を動かす、とにかく動くということを賞賛する下地になっているかもしれませんが、それよりも今までの何も変わらない時間が長かった分だけ、賞賛が大きくなっているようにも感じます。そして、折衷案時代に元気のなかった体育会系の人も、嬉しそうですw


環境的にも、成功するかどうかが不確実な時代になり、モノを作るコストよりも、高い人件費で長時間議論を行っていることの非効率性に多くの人が薄々気がついて来ていたのだと思います。


「とにかくやってみてそれから考えよう」「資料作っているよりも、モックアップ作って、手を動かしながら考えよう」という風潮が受け入れられてきているのでしょう。


■追加の考察

こうやって順を追ってみてくると、時代によって戦略・戦術立案のアプローチが変わってきていることが見てとれます。そのため、世代によって慣れ親しんだ思考や手法に差が生まれてきています。


上の世代が、「あるべき論」から入るの対し、ミドル世代は「折衷案・打開策」を考え、下の世代は「さっさと作ってはじめてみましょう」というスタンスの違いが生まれ、意見がぶつかることが起きています。


こういう俯瞰的な思考の変化などを認識していたら、もうちょっと会社内で、この三つの世代が協力して、役割分担しながら仕事進められるのかもなぁ。そんなことを「爆速」化を見ていて思いました。








RSSリーダーで購読する


にほんブログ村 経営ブログ 広告・マーケティングへ
にほんブログ村

2012/04/17

新しい社会ムーブメントを担う人たちを、「C世代」ではなく「DIYピープル」と表現したほうがいいと僕が思う理由


■「C世代」では、ムーブメントが見えづらい



日本経済新聞では「C世代」とラベリングして、年初から連載を行っています。しかし、どうもネーミングが与えるイメージがもったいなくて、モヤモヤしてしまいます。
コンピューター(Computer)を傍らに育ち、ネットで知人とつながり(Connected)、コミュニティー(Community)を重視する。変化(Change)をいとわず、自分流を編み出す(Create)。ジェネレーションC、未来へ駈ける。
ポスト団塊ジュニア世代の特徴として、その通りなんだけど、世代論としてしまうにはもったいないムーブメントだと考えています。

世代を超えて自分たちで身近な社会問題に楽しんで取り組んでいる人たちを見えづらくしてしまっているからです。

この種族に名前をつけて、このムーブメントによって起こるポジティブな側面を、多くの人に気づいてもらえる形にしたほうがいいと思っています。これこそ、次の社会の仕組みを作って行く動きだからです。


だからこそ、別のネーミングが必要だと思っています。

■「DIYピープル」が社会を明るく改善する


僕的には「DIY」という表現こそが、このトライブ(族)の生態を表していると思います。なので、「DIYピープル」というネーミングにしてみました。

・自分たちで、自分の周りの課題を解決しようと動く人たち
・自分ごとである身近な課題を、喜んで解決する人たち
・どんなに社会に課題が溢れていても、未来は明るくなると信じている人々
以前の「DIY」が自分の生活に必要なものを、自分で作るという意味合いの色が付いてしまっていたのに対して、ここでいう「DIY」にはもうちょっと「自分ごと」と思える範囲の「公共性」が入ってきています

そのため、眉間にしわを寄せた社会活動とは捉えず、素直に自分として「あったほうが楽しいから」「自分ができることだから」という気持ちで動いているのが、大きな特徴です。

それとC世代というネーミングは、パソコンと向き合ってばかりで内向的なイメージを持たれるものの、DIYピープルと表現したほうが、アクティブでたくましい語感も含まれていて、実際に近いと思います。(正直、会社組織に依存していた層と比較すると、内面はずっと彼らのほうがたくましいですよ。)


■「自分ごと」範囲の拡張と「消費<創造」



この背景にあることが大きく二つあります。どちらも時代適応した価値観です。

一つは、「自分ごと」と思える範囲が拡張していることです。


「各々が自分や家族を守るように権利主張する」という考え方から、「自分の知り合いや、自分が住んでいるエリアの人たちも幸せになるように知恵や手を貸す」という考え方にシフトしています。

前者が企業経営者と労働組合というゼロサムゲームの対立軸だったとしたら、後者が「まあ今は大変なので、できることは一緒にやって、なんとかこの苦境を乗り切りましょう!」というポジティブサムゲームのような状況です。

まあ、それだけ奪い合っている環境ではないからこそ、産まれてきた価値観なんだと思います。



二つ目としては、消費よりも創造が楽しくなっているから。


背伸びしてお金を消費する行為が「イケてない」ように感じ、身の丈の暮らし方、生活の質をその人らしく丁寧に上げているほうが「イケてる」ように思えてくると、どんどん消費ゲームが色褪せていきます。



もちろん、消費活動は必要なのですが、消費が色褪せたことによって「消費>創造」だった価値観から、「創造>消費」と逆転したのです。


昔なら、お母さんに作ってもらった服よりも既製品じゃなくちゃかっこわるかったのが、逆転したのです。手作りのモノのほうがカッコイイのです。既製品よりも自分で手を加えたもののほうが愛着がわくのです。

実際、消費では満たされない、より高次な欲求を、何かを創造することで私たちは感じることができます。尊厳欲求(自己承認欲求)や自己実現欲求を満たすことができます。



この二つのが背景が「DIYピープル」を突き動かしているのだと思います。



こうなってくると、
「自分たちの課題解決を、自治体や国・企業にお金払ってわざわざやってもらっていましたが、楽しさに気がついてしまいました。なので、自分たちでやります!」
という流れが起きますよね。いや、起きてますよね。すでに。


備考:この動きの代表的事例であるクリエイティブ都市ポートランドのことについての以下の本、刺激的でした。成熟した都市環境で起きている世界的な流れですよね。


RSSリーダーで購読する


にほんブログ村 経営ブログ 広告・マーケティングへ
にほんブログ村

2012/04/09

これからの「クリエイティブ都市」に住むことの重要性

■住む場所の重要性はむしろ増している



どこでも仕事できて、どこにでも移動することの時代。しかし、住む場所の重要性はむしろ増してきているように感じられます。




リチャード・フロリダの「クリエイティブ都市論」にも住む場所の重要性について要約すると以下のような主張があります。


トーマス・フリードマンが「世界はフラットになった。どこに住んでいようと、グローバル経済に参加できる」と主張するのに対して「世界はフラットではない。世界は鋭い凹凸があって『スパイキー』だ」

グローバル経済の波とテクノロジーの発展をもってしても、なお「住む場所」が人生、つまりは職業・職業的成功、仕事の人脈、快適な暮らし、伴侶を見つけることに影響を与えている


たしかにその通りで、人生の中で「自分の住みたい場所」に気がつくことはものすごく価値が高いことだと思っています。


僕自身が、三宿というエリアに住もうと思ったのも、都心に近いのに緑が多く、クリエイティブな人(昼にスーツじゃなくブラブラしている人)が集まる地域だというのが大きかったです。面白い人が集まる美味しいお店が多く、IIDのような地域に開かれているクリエイティブな場所があることも重要なポイントです。渋谷や代官山、恵比寿に近いので、人と会いに行きやすく、人的ネットワーキングが構築するのに便利だということもありました。


以前、「どの時代にも才能が集まる場所がある。重要なのは無名でも刺激しあえる仲間を見つけること」というエントリーを書きました。この観点で東京はまだ魅力的な場所だと思っています。(僕の感覚では「東京」という括りは、当事者感を持つには広すぎるのですが…)




■「地方自治」も個人が「当事者」として関わる時代

さて、ここまで「住む場所」の重要性について書いてきましたが、もう一つ「自分が好きな場所に住む意義」があると思います。


それは、自分が住んでいるエリアに対しての「当事者」になれるということ。従来、そのエリアに住んでいる人は行政サービスに対しての受益者という側面しかもっていませんでした。しかし、自分が好きな場所であれば、行政サービスや地方自治の主体者として自分の能力を提供したいと自然と思ってきます。TechWaveの『「これからの地方自治は明るい」と断言できる根拠』というエントリーも同じ流れを紹介しています。


自分が好きな場所をより素晴らしい場所にするために、手を差し伸べるのは「自分ごと」だからでしょう。地域に根ざした企業や、地域でビジネスを行っている商店も、「自分ごと」として活動を行うでしょう。


だからこそ、住む場所(都市)の力はフラットではなく、スパンキーになるのだと思います。「自分ごと」と思える人や企業が多く集まるエリアは、どんどん魅力的な場所になっていきブランドを確立していきます。一方で、そう思えない地域は、地方自治は国に依存しながらやっていくことが続くでしょう。


追記:ポートランドでの事例がイメージわきやすいかもしれません。すでに講義は終わっているみたいですが、以下引用です。


アメリカで29番目の人口都市であるにも関わらず、NIKEやワイデン+ケネディを始めとした世界に誇れる企業やカルチャーが生まれ続けているインディペンデントなクリエイティブ都市ポートランド。美味しいコーヒーショップがなければ自分たちでローストして創ればいい、カッコイイ自転車がなければ自分たちでセルフビルドして創ればいい、といつもクリエイティブなDIY精神で、大都市経済に流されず自立した存在感が凛々しい都市ポートランドに、クリエイティブクラスのヒントを学びます。


今後、スコットランド、シドニー、香港編もあるみたいだから参加してみようかなぁ。クリエイティブ都市に複数拠点を持つのが、自分への最高の投資なんだろうなぁ。



RSSリーダーで購読する


にほんブログ村 経営ブログ 広告・マーケティングへ
にほんブログ村

2012/04/02

冗談かと思った・・・「会社にしがみつくための雑誌」w



先日、書店で見つけて戦慄を覚えた雑誌「DEFENCE」です。もうすでにエイプリルフールも過ぎていますが、念のために書いておきますが、実在する雑誌です。


書店の経済誌の棚にあったのですが、周囲の雑誌が「厳しい環境下でも、うまく戦っている企業を特集している」中、異彩を放っていました。


厳しい環境で、個人で何とかしていこうという考えの対称として、「会社にしがみついてなんとか持ちこたえよう」というコンセプトの雑誌です。同じ環境認識の中で、どう対処するかのアプローチの違いでしょう。(でも、こういうネガティブな雑誌ってレジに持って行きづらくて結構売れないような気がするのですが。。。)


特に気になった特集は・・・


今こそポジティブに「会社にしがみつけ!」リストラ知らずの会社で生き残る技術

知らなきゃ捕まる法律問題Q&A

取引先から社食のおばちゃんにまで対応怒られないテクニック

コレだけ覚えりゃ上司&部下にナメられない!無知・無能を“隠す”会話術


びっくりな内容ですが、背景にあるのは厳しい環境認識と、会社にいても自分の身を守らないといつリストラされるかわからないという危機意識です。


以前、「生き方のスタンス」が違うと友達になれない?自己責任派と他人依存派の埋められない溝というエントリーを書きましたが、まさに「他人依存派」ターゲットの雑誌ですね。


どうせサバイバルしなくちゃいけないのだから、どの方向にパワーを使うかが重要だよなぁ。


RSSリーダーで購読する


にほんブログ村 経営ブログ 広告・マーケティングへ
にほんブログ村

2012/03/22

依存から脱却するために「自分マルチアカウント」化のススメ




自分がいままでやってきたことを、あらためて振り返ってみると、何か一つに依存することを避け続けているようです。(TechWave塾9期の講演資料を作っていて、気がつきました)。


僕だけでなく、今多くの人が潜在的に求めていることに「依存からの脱却」がある気がしています。



■依存することを避ける理由

当たり前のように思える福祉国家、エネルギー、誰かが保証してくれる安全、収入源と所属先を与えてくれる会社という組織...いつの間にか依存関係になっているものが沢山あることに気がつきます。

わかっていて、「自分で何とかしよう!」という人と「今頃、そんなこと言われたら困るよ。なんとかしてよ!」という人に表面上は分かれていますが、根底には共通した問題意識が流れていると思います。(参照:「生き方のスタンス」が違うと友達になれない? 自己責任派と他人依存派の埋められない溝

私たちは、いつのまにか固定概念として「依存してきた」ものを疑い、自分の頭で考えて、個々人が選択し直すタイミングに来ています。

コミュニティにしろ、組織にしろ、職業にしても、何か一つに依存してしまうと、盲目的になります。自分たちの所属する場所のルールで、他のコミュニティや組織を見て、攻撃しがちです。新しく入ってきたと、古くからいる人の間でヒエラルキーをつくりたがります。しがみつく人にとっては、その組織やコミュニティが存続することが目的となっていきます。

一つに依存すればするほど、「自由な思考」も「客観的な視点」からも遠くなっていきます。「洗脳」もきっと同じ構造でしょう。

現在依存している組織のルールが、時代と合わない・おかしなものだと気が付き、他のものに乗り換えようと気が付いたとしても、一つに依存していれば身動きが取りづらくなります。

だからこそ、「依存することの危険性」を感じた人たちにとって、一つに依存しないということを選択して生きる方法が求められているのです。

■自分をマルチアカウント化すること



「依存からの脱却」の一番現実的な手段が、分散化・複数化です。


一つの仕事ではなく、複数の仕事。一つの収益源ではなく、複数の収益源を持つ。人間関係も、職場だけでなく、信頼でき相談できる複数のコミュニティを持つ、といった状態です。


私のように独立している状態であれば、分散化・複数化を行うことができますが、企業に所属している人にとっては、環境的になかなか難しいと思います。

企業に所属している人でも、自分をマルチアカウント化してしまえばいいのです。


会社だけでなく、趣味でも、興味ある分野に関しての勉強会でもいいので、自分がつながりたい軸ごとに複数のコミュニティに参加するのです。


「○○会社の××さん」という一つのアカウントだけでなく、「○○に詳しい××さん」としてマルチアカウント化するのです。


各々のコミュニティで勉強を続け、他者への智の共有を心がけ、会社の肩書き以外のエッジを立てて、その分野での信頼を蓄積するのです。


もちろん、所属する会社コミュニティでも、自分の信頼を蓄積していくのも忘れずに。他のコミュニティで高い評判を構築出来ている人は、企業コミュニティでも評価が高いことが多いですし、人はどこで繋がっているかわからないですからねw


リアルの世界で難しいのであれば、自分が信頼を蓄積したい分野でのBlogを構築していってもいいと思います。


依存状態から自由独立状態になるには、時間が必要です。


複数のコミュニティで信頼を構築していくのですから、当たり前です。「悠々として急げ」という言葉が一番しっくりくると思います。すぐには到達できません。しかし、時間をかけながら信頼を構築しているということは、自分が間違いなくバージョンアップしていっているはずです。


もう一つ、自分の損益分岐点を下げておくという手段も並行してやっておくと、依存状態から早く脱出できるように思います。


一つのゲームのルールだけで生きるのでなく、いつでもそのゲームから外れて、他のゲームにいつでも参加できるように虎視眈々と準備しておくのは悪いことではないと思いますよ。


■蛇足
ノマドに関しても、多くの人を魅了するのは本来のノマドは「依存しない状態」になっているからだと思います。本田直之さんの「ノマドライフ」を読んで、気がつきました。本田さんは15年かけて構築したと言っていますが、この感覚はすごく理解できます。






RSSリーダーで購読する


にほんブログ村 経営ブログ 広告・マーケティングへ
にほんブログ村